原辰徳の1億円不倫事件と嫁&息子が逮捕された?工藤公康とは因縁の相手!?

原辰徳(はら たつのり)さんは1958年7月22日生まれの64歳(2023/05/31時点)で、神奈川県相模原市出身。(出生地は福岡県大牟田市)

身長180cm・体重86kg

 

東海大相模高校から東海大学を経て、1980年にドラフト1位で読売ジャイアンツ(巨人)に入団し、若い頃は『若大将』とも呼ばれていました。

1995年に現役を引退し、現在は読売ジャイアンツの監督を務め、背番号は〝83〟です。

 

タマ

この記事では、原辰徳さんの1億円不倫事件の真相について。そして、嫁・明子さんとの馴れ初めと息子が逮捕されたとの噂のこと。さらに、ホークスの監督・工藤公康さんとは因縁の相手についても書いていきますので最後まで読んで欲しいニャー!尚、この記事上では原辰徳さんのことを原監督と呼称させて頂きますニャン!

原辰徳の1億円不倫事件の真相に迫る!

読売ジャイアンツ(巨人)の監督を3度引き受け、同一チームにおける3度目の監督就任は球団史上初の快挙です。

巨人が低迷していた翌年に、原監督の就任が決定するので、間違いなく球団からの信頼は絶大なものでしょうね!

 

タマ
2020年9月11日に監督として通算1067勝を達成し、巨人軍監督としての通算勝利数で川上哲治元監督を上回って、球団歴代1位になったニャー!さらに、2020年のシーズンまでで、監督として自身9度目となるリーグ優勝も果たしているニャン!(ちなみに日本一に導いたのは2002年、2009年、2012年の計3回)

 

 

イッヌ
平成初のホームランを原辰徳さんが打ち、令和初のホームランを坂本勇人選手が打つという運命的すぎるワン!

 

現役時代は、巨人一筋15年で通算1675安打・382本塁打と、若大将の名に恥じない素晴らしい成績を残しましたが、監督としても名将クラスの実績を残している原監督。
幾度となく低迷していた巨人の立て直しを実現できたのは、伝統ある巨人を尊重・守りつつも、チームをさらに強くなる為の枠に囚われない新たな進化を取り入れた原監督の采配力と、トコトン選手と向き合い理解していく姿勢だと思います。

 

そんな名将・原監督ですが、とてもザワつくニュースを目にしました。

2012年6月の週刊誌に、過去の女性問題絡みのスキャンダルが暴露されたんです。

 

タマ
現役時代、若大将と呼ばれていた原監督はめちゃくちゃカッコ良かったニャー!
爽やかイケメンすぎて、テレビCMとかに起用されてたでしょうね!(実際にCM観たことあるような気がします)
まさに、巨人の看板選手で球界のスター選手だった原監督。

 

女性絡みのスキャンダルが暴露された週刊誌の記事によると、現役時代の原監督には1988年頃から不倫関係の女性がいたそうで、女性との関係はいつまで続いたのかは不明ですが、1995年の阪神淡路大震災で女性は失踪したみたいです。

なんとも複雑な気分でスッキリとしない感じですね。

 

時は流れ2006年、『球団関係者』と名乗る男2人組から「不倫女性の日記を持っている。内容が表に出ると大変なことになる」と、1億円を要求されたと報道されたとのこと。

原監督に対して完全なる脅迫ですね。

球団関係者と名乗っていた2人組は元暴力団員だったそうで、女性の日記と引き換えに1億円を支払ったそうです。

 

タマ
巨人軍の第2期監督就任時期だったこともあり、1億円の支払いは、事態収拾のために致し方なかったニャー!問題の日記は処分し、原監督の独断で解決に至った・・・はずだったニャン!

 

しかし、3年後の2009年、今度は別の男性から「日記を返せ」と原監督の自宅や球団事務所への嫌がらせがあり、原監督の不倫と1億円を支払ったことをその時初めて球団側は知ったそうです。
解決したはずの1億円不倫事件問題再びは、流石の原監督も精神的にキツかったのではないでしょうか。

 

その後、1億円不倫事件に対して原監督自身が多くのファンに向け謝罪し、球団から厳重注意を受けていますが、それ以上の処罰はありませんでした。

 

【芸能界“ドロ沼”不倫ファイル】前代未聞の球界スキャンダル!巨人・原監督の泡となった『1億円騒動』とは

プロ野球・読売巨人軍は23日、今季限りで監督辞任を表明していた高橋由伸氏の後任として、原辰徳氏が来季より監督に就任。2015年以来、監督として3度目の指揮を執る。

原監督は、2002~03年、06~15年の計12年間にわたって巨人軍を率い、7度のリーグ優勝、3度の日本一を達成する快挙を成し遂げた“名監督”である。その“名監督”に信じがたいスキャンダルが報じられたのは2012年6月のこと。

 

かなり闇を感じる1億円騒動でしたね。
男女トラブル(主に不倫)によって、今まで築き上げてきたものが一気に崩れ去った人も沢山いますし、一度失った信頼は取り戻せない可能性もありますから、特に男性諸君(私も含めて)は理性をしっかり保ちつつ、そして、先の未来も想像しながら行動していきましょう。

 

ということで、『ジャイアンツ愛』をスローガンに掲げる原監督からは想像し難い問題でしたが、現在(いま)も昔も不倫問題は尽きませんね。

原辰徳の嫁・明子との馴れ初めが知りたい!

女性との不倫騒動が過去にあった原監督ですが、1986年に6歳年上の明子(旧姓・松本)さんと結婚していたことがわかりました。

年上女房の方が、なんとなく成功するプロ野球選手が多い気がしますね。

 

タマ
ダルビッシュ有投手、田中将大投手、前田健太投手、菊池雄星投手が結婚した女性は全員年上女房だニャー!経験値的に嫁が年上の方が、あげまんなのかもしれないニャン!

 

原監督が大学時代の時に嫁の明子さんとの出会い、そこから交際に発展してからのプロ1年目のオフシーズン時にプロポーズをしたとのこと!
おそらく23歳くらいでプロポーズをしたのでしょうけど、外見だけでなく中身もプレイボーイですよね!
それだけ嫁の明子さんに惚れていたのでしょう。

 

 

嫁の明子さんは、ホステスで務めてた経歴があるのではとも言われていました。

これだけ美しい女性なので言われても不思議ではありませんが。

 

しかし、原監督の父であり野球の師匠でもある原貢(はらみつぐ)さんに大反対され、嫁の明子さんとは破局することとなりました。

 

タマ
父・原貢さんが反対した理由が2つあったそうで、1つは嫁の明子さんが6歳年上だったからだニャー!もう一つは、当時原監督が巨人入団1年目の大事な時期だという理由ニャン!

 

息子のことを真剣に考える父・原貢さんは、原監督にとって絶対的な存在だったのかもしれませんが、少し過保護な感じもしちゃいますね。
この時の原監督の心境を考えると、別れたことによる精神的ダメージで野球に支障が出そうですけども。

 

嫁の明子さんは破局後、有名な家柄の男性と結婚することになりますが、原監督のことが忘れられないのか、家事もせずにほぼ毎日野球観戦をし、旦那をほったらかしてハワイに旅立ち帰宅しなかったりと、結婚後も原監督と親密な関係だったと噂されていました。
完全に原監督と交際してたでしょうし、この時の旦那さんが不憫すぎますね。

 

案の定離婚した嫁の明子さんは、原監督の父・原貢さんの反対を押し切り、原監督との念願の結婚を果たしました。
嫁の明子さんと別れていた時の成績はスランプ状態だったそうですが、結婚を機に成績が明らか過ぎるほど上向きに上がったとか!

 

 

タマ
やっぱり原監督には嫁の明子さんが必要不可欠なんだニャー!明子さんのとっても、元旦那にとっても離婚して正解だったかもしれないニャン!

 

原監督の略奪婚なんて言葉も飛び交ったみたいですが、お互いが惹かれあって一緒になったわけですから万事オッケーかなと思います。
今後も、原監督の嫁の明子さんに関する情報が入り次第追記していきますね。

原辰徳の一人息子が逮捕されたと噂が!?

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