平石洋介の嫁と子供の存在は!?上重と松坂の関係は?コーチ(指導者)力は凄いの?

 

 

タマ
イケメンだけでなく、アナウンサーとしての実力も本物だニャー!そんな上重聡さんと平石洋介さんは、中学時代に在籍した「八尾フレンド」で出会い、平石洋介さんは関西選抜の主将として、世界大会での優勝を共に経験している戦友ニャン!
イッヌ
中学卒業後も共にPL学園高校に進学し、平石洋介さんは主将、上重聡さんはエースとして高校3年の年で春夏連続で甲子園に出場を果たしたワン!上重聡さんとは青春時代の真っ只中を過ごした友人だワン!
同窓会とか集まる機会があった時などは、凄く盛り上がって楽しいでしょうね!
間違いなく一生の思い出でしょう!

 

そして、松坂大輔さんとの関係ですが、平石洋介さんと上重聡さんがPL学園高校3年時に出場した1998年の夏の甲子園準々決勝でのこと、打倒・横浜高校を目標に対戦し、その時の横浜高校のエースが松坂大輔さんだったんです。
絶対的エースでしたし、その当時の高校球界No. 1投手でしたからね!
やはり、横浜高校対PL学園の対戦は高校野球史に永遠に残る伝説に試合でしたし、平石洋介さんと上重聡さん、そして松坂大輔さんの関係を語るなら絶対外せない出来事だと思います。
この機会に、伝説の横浜高校対PL学園の試合を振り返ってみましょう!

 

 

タマ
調子が悪くない横浜高校の絶対的エース・松坂大輔さんに対し、序盤から得点を重ねられたのはサードコーチャーをしていた平石洋介さんが横浜の捕手・小山さんの癖を見抜き、横浜高校にバレないようにサインを送っていたからだニャー!ストレートなら「行け行け」、カーブなら「ねらえねらえ」てな感じで、相手捕手の癖を見抜いていた平石洋介さんは凄いニャン!

 

 

イッヌ
それ以外にも、序盤から中盤にかけての高度な駆け引きは本当に見応えがあったワン!春夏合わせて7度の全国制覇を果たしたPL学園と、その年春夏連覇がかかった横浜高校の対戦は野球ファンが全集中で見守っていたワン!

 

 

延長17回の死闘を繰り広げ、横浜高校の勝利で幕を閉じましたが、勝った横浜高校ナインが泣き、負けたPL学園ナインは笑顔で終わるという真逆の現象が起きましたね。
そして、この球史に残る伝説の試合で影のファインプレーを幾度となくしたのは、間違いなく平石洋介さんでしょう!

 

タマ
1点ビハインドで迎えた11回裏二死二塁の局面でのこと、二塁まで進んだ直後に「靴紐を結び直す」という名目で2塁ランナーの平石洋介さんがタイムを取ることによって、打席に入ったばかりの大西さんが平静を保つための間を与え、結果的に同点打をもたらしたニャー!平石洋介さんの機転の効いた行動で、この試合が伝説になった一つの要因とも言えるニャン!

 

西武新任の平石コーチ、引退・松坂大輔と「一緒にやれたらいい」甲子園で死闘の間柄
「西武入りを決断した後、大輔とは電話で話しました。ここにいる長田、(赤田)将吾(コーチ)、上本(達之コーチ)を含め、僕らの世代は横の繋がりが強くて仲がいい。それは大輔の存在が大きい。大輔はこれからも何らかの形でライオンズに携わってくれると、勝手に思っている。大輔とは(将来的に)一緒にやれたらいいねという話もしました」と平石コーチは今後の“共演”を熱望していた。

 

イッヌ
平石洋介さんは同い年の松坂大輔さんのことを尊敬と同時に、本当の友達だとも考えているはずだワン!二人が同じチームで監督&コーチすることがあれば大きな話題になるワン!

 

 

上重聡さんも松坂大輔さんの凄さを語っており、当時は「松坂大輔をライバルだ」と考えて野球に打ち込んでいたことを知れただけでも嬉しいですね!

PL学園のエースと横浜高校のエースはお互い別々の道を進みましたが、現在(いま)も絆は分厚くあるのでしょう!(もちろん平石洋介さんも)

 

ということで今後も、平石洋介さんと上重聡さん、そして松坂大輔さんとの関係について情報が入り次第追記していきたいと思います。

平石洋介のコーチ(指導者)力に注目!

現役時代の6年間は選手として目立った成績を残せなかったものの、現役引退した翌年に東北楽天ゴールデンイーグルスの育成コーチ(野手担当)に就任し、その後は着実にキャリアアップを重ねて、コーチ就任7年目で楽天の一軍監督を経験した平石洋介さん。

選手としてより、コーチとしての方が能力を存分に発揮できるのでしょうし、きっと選手とのコミュニケーション能力も高いのだと思います。

 

タマ
平石洋介さんは小・中・高・大学のすべてで主将を務めるなど、人望がとても厚かったそうだニャー!おそらく、チームの中で誰よりも仲間を観察して大切に想っていただろうし、強い責任感とキャプテンシーに溢れる素晴らしい人格者だニャン!

 

 

イッヌ
若手からベテラン選手まで幅広く信頼されているワン!ホークスにまた帰って来て欲しいワン!

 

では何故、平石洋介さんはコーチ力が高いのか気になるところですね。
選手と積極的にコミュニケーションを図ることを重視している平石洋介さんは「選手のいろんな姿を見ていたいし、本音で話せる仲でありたい」と話し、さらに「普段から何も言わない、見ていない、声も掛けてないのに、いきなり厳しくしたら、反感を買うだろう」とも語っています。
選手とコーチという以前に、信頼される人間関係の構築に重きを置いている感じがしますね!

 

タマ
平石洋介さんは現役時代に活躍できなかったことを気にしていて、その分必死に知識の引き出しを増やししたニャー!打撃コーチの時は相手投手の映像を何度も見て、クセや投球の特徴などを分析するなどし、また打者の好不調時のフォームをノートに書きとめ、常にその選手にとって何がベストなのかを考えているという素晴らしい指導者だニャン!
イッヌ
レギュラーだけでなく、控えの心情を理解したコミュニケーションを行ったリもするから、指導者の鏡だと思うワン!自身も控え選手の時もあったからこその出来るコミュニケーション力だワン!

 

平石洋介さんが現役時代、当時のコーチから「初球から打て」と進言され、打席でその通りに従うと凡退になったそうで、ベンチに戻った平石洋介さんは監督から叱責され、そのコーチはベンチ内から立ち去ったとのこと。
無責任なコーチですし、当時の平石洋介さんからするととても悲しくてやり切れない気持ちになりますよね。
だからこそコーチになった平石洋介さんは「そのような嫌な思いをした選手は他にもいると思う。だから、しっかりと言葉の責任も持つ指導者になろうと思った」と語り、無責任な指導や中途半端な向き合い方はせず、一人一人にしっかりとした指導を心がけているのだと思います。
積極的なコミュニケーションと徹底的に自ら学ぶ行動力があるからこそ、平石洋介さんは多くの選手から慕われているのでしょう!

 

今後も、平石洋介さんのコーチ(指導者)力に注目し、情報が入り次第追記していきたいと思います。

最後に

 

タマ
平石洋介さんはソフトバンクコーチ時代、自身がひと目で「モノが違う」と唸った栗原陵矢選手を、外野手で経験を積ませることを当時の監督・工藤公康さんに提案し、練習を可能な限り付き添ったニャー!栗原陵矢選手は、現在(いま)ではホークスの主軸選手に成長したわけだから、平石洋介さんの目利きは素晴らしいニャン!
イッヌ
チーム一の俊足の持ち主・周東右京選手の飛躍のキッカケも平石洋介さんが作ったワン!選手と積極的にコミュニケーションをとっているからこそ、的確なアドバイスができるんだワン!

 

今後も、平石洋介さんの活躍と動向に注目し、情報が入り次第追記していきたいと思います。

 

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