寺西成騎(てらにし なるき)選手は2002年10月18日生まれの23歳(2026/08/23時点)・身長186cm・体重85kgで、石川県出身。
星稜高校、日本体育大学を経て2024年のドラフト2位でオリックス・バファローズに入団し、2026年8月時点では同球団に所属しています。
【投打が噛み合う】寺西成騎『無死満塁の大ピンチ凌ぐ粘投に打撃陣も援護!! 6回2失点で4カ月ぶりとなる先発勝利!!』 https://t.co/HqlFTxrt6w @YouTubeより
— プロ野球選手応援ブログ【プロ野球ソウル】 (@hawkssoulcom) August 23, 2026
2026年8月15日時点のNPB公式成績では、27試合に登板して4勝3敗、9ホールド、防御率4.17を記録しています。
プロ入り後の活躍が注目される寺西選手ですが、調べてみると兄も星稜高校で甲子園に出場した野球選手だったことが分かりました。
では、寺西成騎選手の兄はどれほどすごい選手だったのでしょうか。
父親や母親はどんな人なのか、家族構成についても気になりますよね。
この記事を読めば、寺西選手を支えてきた家族について、現時点で確認できる情報が分かるワン!
寺西成騎の兄がすごい!「松井2世」と呼ばれた実力とは?
まずは、今回のメインテーマである寺西成騎選手の兄について見ていきましょう。
調査すると、兄も星稜高校でプレーし、甲子園の舞台を経験した選手だったことが報じられています。
兄・寺西建さんも星稜高校の野球選手だった
スポーツナビによると、寺西成騎選手の兄は寺西建さんです。
建さんも弟と同じく根上中学校から星稜高校へ進み、高校野球に取り組んでいました。
日刊スポーツでも、星稜高校時代の寺西建さんが注目選手として紹介されています。
兄弟そろって石川県の強豪・星稜高校で野球を続けていたことになります。
「松井2世」と注目された大型選手
日刊スポーツは2016年、寺西建さんを身長191cm・体重92kgの大型選手として紹介し、「松井秀喜2世」として注目していました。
同媒体の当時の記事では、石川大会で2本塁打、打率.438を記録していたことも報じられています。
星稜高校の先輩である松井秀喜さんを連想させる存在として、高校時代から注目を集めていたことがうかがえます。
タイトルの「兄がすごい!」という部分も、単なる噂ではありません。
甲子園出場や当時の成績など、大手スポーツ紙に残る報道から確認できる内容です。
甲子園にも出場!市和歌山戦では2安打
日刊スポーツによると、寺西建さんは2016年夏の甲子園に星稜高校の選手として出場しました。
市和歌山戦では背番号1をつけ、4番打者として先発しています。
この試合では打者として4打数2安打を記録し、投手としても先発しました。
投打の両方を任されていた点からも、高校時代に期待されていた選手だったことが分かります。
高校卒業後は、専修大学野球部の推薦入試合格者として寺西建さんの名前が日刊スポーツに掲載されています。
寺西成騎が野球を始めたきっかけも兄だった
さらに興味深いのが、兄の存在が寺西成騎選手自身の野球人生にもつながっていることです。
侍ジャパン公式プロフィールのQ&Aで、寺西選手は9歳ごろに野球を始めたきっかけについて、兄がプレーする姿を見たことを挙げています。
つまり、兄は単に野球経験がある家族というだけではなく、寺西成騎選手が野球の世界に入るきっかけとなった存在でもありました。
寺西成騎の父親はどんな人?
次に、寺西成騎選手の父親について見ていきましょう。
ネット上では父親のスポーツ歴などさまざまな情報が見られますが、今回の調査で信頼できる出典から確認できた内容は限られています。
父親の職業や詳しいプロフィールは公表されている?
寺西成騎選手の父親について、職業や詳しいプロフィールは今回確認した球団公式、NPB公式、侍ジャパン公式、大手スポーツ媒体の記事では確認できませんでした。
一部の競合サイトでは、父親にバスケットボール経験があるという情報も見られます。
ただし、今回確認した公式情報や大手報道では裏付けを取ることができず、公式な発表もありません。
そのため、「父親はバスケットボール選手だった」「指導者をしている」といった内容を事実として断定することはできません。
故障に苦しむ寺西成騎を両親で支えた
一方、寺西選手と父親を含む両親との関係については、日刊スポーツが具体的なエピソードを報じています。
寺西選手が大学時代に長期間のリハビリ生活を送っていた際、両親は石川県能美市から日用品や食品などを送っていたとされています。
離れて生活する息子を、両親が継続的に支えていたことが分かります。
父親個人の職業や経歴は公表されていなくても、寺西選手の苦しい時期を母親とともに支えた存在だったことは報道から確認できます。
寺西成騎の母親はどんな人?リハビリを支えた手紙が印象的
続いて、寺西成騎選手の母親についてです。
今回の調査では、母親が寺西選手を支えた印象的なエピソードが見つかりました。
母・智江さんが大学の寮へ送り続けた荷物と手紙
日刊スポーツは、寺西成騎選手の母親を智江さんと報じています。
寺西選手が大学時代に故障でリハビリを続けていたころ、両親は石川県から日用品や食品などを送っていました。
さらに、母・智江さんは荷物に手紙を添えていたと報じられています。
大学に進み、家族と離れて生活する中で故障と向き合うのは簡単なことではなかったはずです。
そんな時期に届く家族からの荷物や手紙は、寺西選手にとって大きな支えになっていたことが本人の言葉から伝わります。
「1歩1歩焦らずにゆっくりと」が支えになった
日刊スポーツによると、大学1年時に母親から届いた手紙には、次の言葉が書かれていました。
1歩1歩焦らずにゆっくりと
引用元:日刊スポーツ(https://www.nikkansports.com/baseball/news/202411200001245.html)
寺西選手は、この言葉が心に残ったことを同紙の取材で語っています。
長期離脱を経験する中で、母親の言葉が焦る気持ちを抑える支えの一つになったようです。
華やかなプロ入りだけを見ると順調な野球人生に見えますが、その裏には故障とリハビリの時間がありました。
母親の手紙は、寺西選手と家族との関係を知るうえで印象的なエピソードです。
寺西成騎の家族構成を調査!スポーツ一家なの?
続いて、寺西成騎選手の家族構成を整理してみましょう。
検索すると「スポーツ一家」という情報も見られますが、どこまで確認できるのでしょうか。
確認できた家族は父親・母親・兄
寺西成騎選手本人の侍ジャパン公式プロフィールからは、野球を始めるきっかけとなった兄の存在が確認できます。
さらに、スポーツナビや日刊スポーツでは兄・寺西建さんについて報じられており、日刊スポーツの記事では父親、母親の存在についても確認できます。
したがって、今回の調査で確認できた寺西選手の家族は、父親・母親・兄です。
「4人家族」とまでは断定できない
注意したいのは、「父親・母親・兄の存在が確認できる」ことと、「父・母・兄・本人だけの4人家族である」ことは同じではない点です。
今回確認した公式サイトや大手報道では、寺西選手にほかの兄弟姉妹がいるかどうかまでは確認できませんでした。
そのため、家族構成を「4人家族」と断定することは避けます。
また、一部サイトでは父親や母親にも競技スポーツの経験があり、「スポーツ一家」と紹介する記事があります。
ただし、両親の具体的な競技歴について信頼できる出典で確認できなかったため、現時点では事実として断定できません。
ただし公式な発表や、大手報道による十分な裏付けは確認できていません。
一方で、兄・建さんが星稜高校で甲子園に出場し、寺西成騎選手自身も兄をきっかけに野球を始めたことは確認できています。
少なくとも兄弟がともに本格的に野球へ取り組んできた家庭だったことは分かります。
寺西成騎自身も中学時代から注目された逸材
家族について見てきましたが、寺西成騎選手自身も早い時期から野球で注目されてきました。
最後に、プロ入りまでの流れを簡単に見ていきましょう。
U-15侍ジャパンを経験
侍ジャパン公式プロフィールには、寺西選手の経歴として根上学童野球クラブ、根上中学校、星稜高校、日本体育大学が掲載されています。
寺西選手はU-15世代で侍ジャパンを経験しています。
幼いころに兄のプレーを見て野球を始め、その後は世代別日本代表まで進んだことになります。
兄の存在が野球を始めるきっかけとなり、自身も本格的に競技を続けていったという流れは、寺西選手の野球人生を知るうえで欠かせないポイントです。
星稜高校から日本体育大学、オリックスへ
寺西選手は星稜高校から日本体育大学へ進学し、2024年ドラフト2位でオリックス・バファローズから指名されました。
大学時代には故障による長期リハビリを経験しましたが、その期間を両親の支えや母親の言葉とともに乗り越えています。
プロ入り後の2026年8月15日時点では、NPB公式で27試合登板が記録されています。
兄の背中を追って始まった野球が、プロの舞台までつながった形です。
寺西成騎選手と関係の深い選手の記事
同じオリックスでプレーする山下舜平大選手についても、家族にスポットを当てた記事があります。
- 山下舜平大の家族構成は?父・母・兄弟や実家を徹底調査!(関係:同球団)
まとめ
今回は、寺西成騎選手の兄を中心に、父親・母親や家族構成について調査しました。
- 兄・寺西建さんも星稜高校で野球をし、2016年夏の甲子園に出場している
- 兄は高校時代に191cmの大型選手として「松井秀喜2世」と注目されていた
- 寺西成騎選手が野球を始めたきっかけは、兄がプレーする姿を見たことだった
- 大学時代のリハビリ中は両親が生活面を支え、母・智江さんは手紙も送っていた
- 父親の職業や両親のスポーツ歴、家族が4人だけなのかについては公表情報から確定できない
兄の活躍だけでなく、故障で苦しんだ時期を支えた両親の存在も、寺西成騎選手の歩みを知るうえで印象的でした。
兄の背中を見て野球を始め、星稜高校、日本体育大学を経てプロの舞台まで進んだ寺西選手。
今後のオリックスでの活躍にも注目です。