上重聡(かみしげ さとし)さんは1980年5月2日生まれの46歳(2026/10/08時点)で、大阪府八尾市出身のフリーアナウンサーです。
PL学園高校ではエースとして甲子園に出場し、立教大学では東京六大学野球史上2人目となる完全試合を達成。
東京六大学野球【完全試合達成 平成12年(2000年)10月22日】立教/上重聡投手(当時2年生:日本テレビ/アナウンサー) https://t.co/dx3OoxjPAD @YouTubeより
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その後は2003年に日本テレビへ入社し、2024年3月末に退社してフリーに転身しました。
2026年もテレビ番組への出演やイベントの司会などで活動しており、5月には高校時代のライバル・松坂大輔さんとイベントで共演しています。
では、上重聡さんは結婚して妻がいるのでしょうか。
また、現在の活動やPL学園時代、今も語り継がれる松坂大輔さんとの延長17回の名勝負も気になりますよね。
そこで今回は、上重聡さんの結婚や妻、現在の活動、PL学園時代、松坂大輔さんとの関係について詳しくリサーチしていきます。
上重聡は結婚して妻がいる?
まずは、上重聡さんの結婚や妻について見ていきましょう。
2024年7月時点では独身だった
上重聡さんは、2024年7月時点では独身でした。
料理系YouTube番組に出演した際、独身であることを前提に結婚や過去の恋愛について自ら語っています。
スポニチによると、上重さんは一度交際すると長く付き合うタイプだそうで、過去には「7年交際」を2回経験したことも明かしました。
さらに結婚願望についても語っており、結婚そのものを完全に否定しているわけではありません。
なぜ長く付き合っても結婚しなかった?
上重さんは、過去の7年間の交際が終わった理由について、仕事とのタイミングが関係していたことを明かしています。
大きな番組の司会が決まり、「この1年は仕事に集中したい」と考えた時期があったそうです。
本人が仕事を優先した当時の状況を具体的に振り返っていることから、結婚願望がなかったというより、仕事と結婚のタイミングが合わなかった面も大きかったようです。
一方、2024年にはフリーアナウンサーとしてまだ安定していないことを理由に、結婚について慎重な思いも口にしていました。
ただし同じ番組内では、次に交際するなら結婚までの期間を長くしすぎない考えも語っています。
安座間美優との結婚説もあった?
上重聡さんは過去に、モデルの安座間美優さんとの交際が報じられています。
日刊スポーツによると、2人は日本テレビ系「ズームイン!!サタデー」で共演していた2011年に熱愛を報じられ、その後は交際を公にしていました。
一時は結婚間近ともみられていましたが、2019年に破局したと報じられています。
上重聡アナと安座間美優に「破局」情報 億ション売却で同棲解消… https://t.co/sxJV5nvhIC @YouTubeより
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つまり、検索すると「上重聡 妻」「上重聡 結婚」と出てくる背景には、過去に長期間交際し、結婚も注目された時期があったことが関係しているのかもしれませんね。
2026年現在は妻がいる?
2024年7月には本人が独身であることを明かしていましたが、その後については、2026年9月時点で結婚を発表した本人発信や大手メディアの報道は出ていません。
そのため、現在「妻がいる」と断定できる情報はありません。
ネット上で妻や結婚相手について検索されることはありますが、特定の女性を現在の妻とする根拠のある情報は確認されていません。
少なくとも公表されている範囲では、2024年に本人が語った結婚観が最新の具体的な情報となっています。
上重聡の現在は?日テレ退社後はフリーアナウンサー
次に、上重聡さんの現在の活動を見ていきましょう。
2024年3月末に日本テレビを退社
上重聡さんは2003年に日本テレビへ入社し、2024年3月末で同局を退社しました。
局アナ時代には「ズームイン!!サタデー」の5代目総合司会をはじめ、「スッキリ」「シューイチ」などに出演。
野球、日本シリーズ、箱根駅伝、ボクシング、北京冬季五輪など、スポーツ実況でも経験を積んでいます。
退社後はフリーアナウンサーとして活動をスタートしました。
2026年もテレビ出演やイベント司会で活動
2026年1月15日には「第32回たかの友梨エステティックシンデレラ大会2026」で司会を担当しました。
また、1月放送のBS10「ダグアウト!!!」では、岡田圭右さんとダブルMCを務め、PL学園の先輩である松井稼頭央さんをゲストに迎えています。
【公式】シューイチ ヒデさんと上重アナ、野球の話で大盛り上がり!!(11月21日放送分) https://t.co/lhpZuOBSw7 @YouTubeより
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そのほか2026年には「シューイチ」や「ジャンクSPORTS」などへの出演も報じられており、フリー転身後もテレビ・スポーツ・司会の仕事を続けています。
2026年の目標はテレビのレギュラー番組
上重さんは2026年1月、フリー転身後の状況について、まだテレビのレギュラー番組を持っていないことを明かしました。
そのうえで、2026年はテレビのレギュラー番組を獲得したいという目標を語っています。
日本テレビ時代に情報番組からスポーツ実況まで幅広く担当し、現在も司会や野球番組への出演が続いていることから、その経験を生かせるレギュラー番組を目指しているようです。
では、アナウンサーになる前の上重さんは、どんな高校球児だったのでしょうか。
上重聡のPL学園時代がすごい!エースになるまでを調査
続いて、上重聡さんの原点ともいえるPL学園時代です。
PL学園では入学時に投手6番手の評価だった
上重さんは野球の名門・PL学園高校に進学しましたが、入学時から絶対的なエース候補だったわけではありません。
2026年5月放送の「ジャンクSPORTS」で本人が振り返ったところによると、同級生の投手7人の中で、入学前の評価は6番目だったそうです。
さらに2026年1月には、PL学園入学後のストレスとプレッシャーで、高校1年の夏までの約3カ月で15キロ痩せたと明かしています。
華やかな甲子園のイメージとは対照的に、入学直後は厳しい競争の中で過ごしていたことが分かります。
3年時にはPL学園のエースとして甲子園へ
その後、上重さんは投手として頭角を現し、高校3年だった1998年にはPL学園のエースとして春夏の甲子園に出場しました。
春の第70回選抜高校野球大会ではベスト4、夏の第80回全国高校野球選手権大会ではベスト8まで進出しています。
そして春・夏の甲子園で立ちはだかったのが、同じ「松坂世代」を代表する横浜高校の松坂大輔さんでした。
特に夏の再戦は、高校野球史に残る試合として現在まで語り継がれています。
上重聡と松坂大輔の延長17回!1998年夏の甲子園の死闘
最後に、上重聡さんの野球人生を語るうえで欠かせない松坂大輔さんとの名勝負を見ていきましょう。
春の敗戦後は松坂大輔を徹底研究
PL学園と横浜高校は、1998年春のセンバツ準決勝でも対戦しており、横浜が勝利しています。
上重さんは2026年のSportivaの企画で、春の敗戦後に松坂さんの投球フォームを研究していたことを振り返りました。
松坂さんのフォームをまねしたことで、自身の球速が「5キロくらい」上がったとも語っています。
ライバルを倒すために研究していた相手から、自分自身の投球にもヒントを得ていたというのは面白いエピソードですね。
夏の準々決勝は延長17回の死闘に
1998年夏の甲子園準々決勝、横浜高校対PL学園は延長17回、9対7で横浜高校が勝利しました。
横浜の先発は松坂大輔さん。一方のPL学園は左腕・稲田学さんが先発し、4対4の7回から上重さんがマウンドへ上がりました。
その後も両校は譲らず、試合は延長17回へ。
松坂さんは250球を投げきり、翌日の準決勝、さらに決勝へと進んで春夏連覇を達成しました。
上重聡が振り返った延長17回最後の1球
2026年8月のSportivaで、上重さんは延長17回の最後の場面を詳しく振り返っています。
2アウトを取ったあと、打ち取ったと思った打球が失策となり走者が出塁。その後、横浜に勝ち越しを許しました。
上重さんは最後の1球について、ボールが手を離れた瞬間に危ないと感じたことを明かしています。
試合後に映像を見ると、自分がひざから崩れ落ちていたことを知ったそうです。
本人の記憶にも強く残る、まさに力を出し切った試合だったのでしょう。
【音声改良版】横浜vsPL ②/2 延長17回熱戦の舞台裏 1998年夏の甲子園 準々決勝 上重聡 松坂大輔 高校野球 ☆最初から観… https://t.co/NNKBh91agb @YouTubeより
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松坂大輔とは現在も親交がある
甲子園ではライバルだった上重さんと松坂さんですが、現在も交流が続いています。
2026年5月20日に行われた「暑熱対策サミット2026」では、松坂さんが登壇し、上重さんが司会を担当しました。
このイベントを伝えたテレビ朝日の記事でも、2人は1998年の甲子園で延長17回を戦った元ライバルで、現在も親交があると紹介されています。
【赤裸々】『あの番組に出たい』上重の野望‼︎横浜vs PL学園甲子園延長17回を投げ合った盟友!松坂大輔に明かす上重聡フリー転向の真相【上重聡コ… https://t.co/QFfLoBhXRK @YouTubeより
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高校時代は甲子園で勝敗を争い、年月を経て同じイベントで仕事をする関係になっているのも、松坂世代ならではの縁を感じさせますね。
上重さんは立教大学へ進学し、2000年に東京六大学野球史上2人目、36年ぶりとなる完全試合を達成しました。
その後はプロ野球選手ではなく、アナウンサーの道へ進んでいます。
上重聡の結婚・現在・PL学園時代まとめ
前日の深夜まで猛特訓!?追いつかれて喜ぶドMなPL!?松坂は延長の方がエグかった!?元エース上重聡さんが語る横浜vsPL学園伝説の延長17回の激… https://t.co/DNldFWXvJC @YouTubeより
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今回は、上重聡さんの結婚や妻、現在の活動、PL学園時代、松坂大輔さんとの延長17回について調査しました。
- 2024年7月時点では独身で、本人が結婚観や過去の「7年交際を2回」について語っている
- 安座間美優さんとは2011年ごろから交際が報じられたが、2019年に破局と報道された
- 2024年3月末に日本テレビを退社し、現在はフリーアナウンサーとして活動
- PL学園では3年時にエースとなり、1998年春夏の甲子園に出場
- 1998年夏の横浜高校戦では松坂大輔さんと延長17回の死闘を演じ、現在も交流が続いている
上重さんは、PL学園のエースから大学野球、日本テレビのアナウンサー、そしてフリーアナウンサーへと歩んできました。
2026年はテレビのレギュラー番組獲得を目標に掲げています。
野球とのつながりを生かした今後の活躍にも注目です。