ソフトバンクホークス選手応援ブログ「Hawks Soul(ホークスソウル)

ムネリンはいつ引退?病気と現在は!?嫁とイチローについても調査!

はじめに記事内では、ムネリンと書いていきますのでご了承下さい。

 

ムネリンは兄の影響で野球を始めると、小学生〜高校生まで一貫して遊撃手だったみたいです。

元々は右打ちだったのですが、中学生の時に憧れのイチローの影響で左打ちに変えたそうです。

 

鹿児島県立鹿児島工業高等学校では、春夏ともに甲子園出場はできませんでしたが、足の速さ、左打ち、安打数などで地元球界からは『サツロー(薩摩のイチロー)』と呼ばれていました。

 

1999年にドラフト4位で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)入団。

 

凄まじい野球センスと持ち前の明るさでチームに貢献し、海外FA権を獲得すると憧れのイチローと同じマリナーズに入団を果たします。

2017年にソフトバンクホークスに復帰しますが、シーズン途中に怪我で離脱し、そのままグラウンドに戻ってくることはありませんでした。

 

この記事では、ムネリンこと川﨑宗則はいつ正式に引退したのか?

ムネリンの病気と現在はどうなのか。

さらにムネリンの嫁や憧れのイチローとの関係性についても書いていきますので、最後までお付き合い下さい。

ムネリンはいつ引退したのか?

 

2017年にムネリンが日本球界に復帰したニュースにファンは大いに喜んだことでしょう。

 

ムネリンはチームをとことん明るくする最強のムードメーカーでした。

それはホークスだけでなく、メジャーリーグに在籍してた頃も変わらずチームメイトを明るくしていました。

 

そんなムネリンですから多くの日本人だけでなく、たくさんのメジャーの野球ファンから愛されてたというのは当然のことでしょう。

 

もちろんムードメーカーというだけではなく、ムネリンは素晴らしい実績を残しているんです。

 

NPB通算(12年間) 打率.292 1187試合 4710打数 1376安打 183二塁打 65三塁打 27本塁打 373打点 267盗塁 647三振

 

MLB通算(5年間) 打率.237 276試合 633打数 150安打 18二塁打 6三塁打 1本塁打 51打点 12盗塁 119三振

日本のプロ野球では、ベストナインなどの数多くの表彰やタイトルを獲得するなど、ソフトバンクホークスにとって絶対欠かせない存在でした。

メジャーに行かずホークスに残留していれば、もしかすると2000安打に届くとこまでいけたかもしれません。

しかし、ムネリンはメジャーでもちゃんとファンの記憶に残る存在感を示し、『2015年シーズンに最もファンやリーグを盛り上げた選手』としてムネリンが紹介されたこともあります。

 

そんな愛される人格者のムネリンですが、2017年に日米通算1500安打を達成した後、両足のアキレス腱を損傷し故障者リストへ。

おそらくメジャーリーグの天然芝で5年間プレーした感覚を残したまま、日本の人工芝に対応できなかったことが原因だと考えられています。

 

それからリハビリを頑張ってきましたが、中々状態が上がらず2017年のシーズンが終了しました。

球団側は2018年もムネリンと契約を結ぶつもりだったそうですが、ムネリンは姿を見せなかったそうで、『失踪した』と噂も流れたそうです。

 

そういったことから複数のメディアで『川﨑引退』と報道し、まだムネリンの口から何も発言してないにも関わらず報道だけが先走りした形になってしまいました。

 

いや〜メディアは怖い・・・

 

情報が錯綜する中球団側から川﨑は引退こそ断言しなかったものの、『自由契約』という形で退団することになったと公式発表がありました。

この発表が2018年の3月下旬でしたので、その時期にムネリンは事実上の現役引退ということになりますね。

 

今後ムネリンがどういった活動をしていくのか気になるとこですが、もう少しムネリンのプレーが観たかったなー。

ムネリンの病気と現在は!?

誤解を恐れず言えば、かなりグダグダになったムネリンの引退騒動ですが、ムネリンが引退した理由を明確にしていこうと思います。

 

引退理由の主な原因がアキレス腱の損傷と言われてますが、実はムネリンは病気にかかっていたという情報がありました。

その病気は『うつ病』だそうで、2018年の契約公開の時も体調不良や心の病気で姿を見せなかったのではと噂されていました。

 

2013年の時もメジャーリーグ在籍中に『円形脱毛症』になっていたことがあり、ハイテンションキャラに「無理をしすぎているのではないか?」とファンからメンタル面を心配されていたことも。

この件に関しては取材時にムネリンも認めていて、もしかすると2017年にホークス再入団時もかなり無理していたのかもしれません。

 

ムネリンの病気が『うつ病』と噂されていた時に、本人から『自律神経失調症』という病気になっているとコメントがありました。

さらに「体を動かすのを拒絶するようになっていました」と告白もあり、アスリートとしては実に切ないコメントもあったみたいです。

 

現在、球団側は一旦自由契約の手続きを取るものの、今後も川﨑選手とは交渉を続けたいとコメントしており、とにかくムネリンの体調回復が何より最優先といった意向だそうです。

そして、2018年の12月17日にムネリンはヤフオクドームの球団事務所を訪れました。

現在のムネリンは髪が伸びていて、「少し元気になったので挨拶に来ました」とコメントしており、球団側に現在の状況も伝えたそうです。

 

現在は、家族とゆっくり時間を過ごせてるみたいです。

とにかく今まで無理して大変だった分、ゆっくり休養してもらいたいですね。

ムネリンの愛する嫁は?

ムネリンは2011年に一般女性と結婚していることがわかりました。

 

ムネリンの嫁は福岡出身で、とても家庭的な嫁みたいですね。

はっきり顔はわかりませんが、とても美人な雰囲気でムネリンをしっかりサポートしてそうですね。

 

ムネリンと嫁のには2人の子供がいて、2013年に長男、2016年に長女が誕生してます。

ムネリンはとても子煩悩で、家庭のことも周囲によく話すそうです。

 

家庭円満である可能性が高いし、現在も嫁と子供と過ごして休養してるということはムネリンにとっては、とても大事な存在だということがわかりますね。

ムネリンとイチローの関係性は?

ムネリンはイチロー選手を大尊敬しており、イチロー選手の背番号『51』の次の『52』を選び、球団側から一桁の背番号を提案されても断るほど背番号『52』にこだわりを持っていました。

 

細かいことをあげればムネリンのイチロー選手愛は溢れるほどあるのですが、特に海外FAを取得した際に「イチローさんと同じチームに行きたい!」と希望する球団をイチロー選手の所属するシアトル・マリナーズ1本に絞るほどイチロー選手に心酔していたそうです。(もちろん今も変わらず)

 

しかし、当のイチロー選手本人もまんざらでもない感じはありましたけども。

 

その後、突然イチロー選手がニューヨーク・ヤンキースに移籍することになりチームは別々になったものの、度々イチローがストレッチをしてるとこにお忍びでムネリンが会いにいったりするなど、イチロー選手愛が止まらずもはやストーカーみたいになっていました。

 

それでもイチロー選手は、ムネリンとの絡みが大好きなようで超嬉しそうに2人の時間を満喫していたそうですよ。

ムネリンとイチロー選手が大の仲良し感が凄く伝わってきます。

 

ムネリンが引退した後も、体調が回復した際にイチロー選手とトレーニングもしたそうです。

 

これからも2人の関係性は続いていくでしょうし、追いかけていきたいと思います。(もはやムネリンとイチロー選手のストーカーですね)

最後に

 

絶対的なムードメーカーで日米野球界から愛されてきたムネリンですが、体調が万全になった後の動向も気になるとこです。

ムネリンの実績なら間違いなくコーチに就任できるでしょうし、解説者や喋りや華があるのでタレント活動もできるはずです。

 

今後もムネリンがどの道を歩んでいくとしても応援し続け、ストーカーのように追い続けたいと思います。

 

プロ生活18年間、本当にお疲れ様でした!

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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