平井克典の嫁や子供は?高校・大学時代と81試合登板、現役引退まで調査!

平井克典(ひらい かつのり)さんは1991年12月20日生まれの34歳(2026/09/14時点)・身長180cmで、愛知県出身です。

飛龍高校から愛知産業大学、Honda鈴鹿を経て、2016年のドラフト会議で埼玉西武ライオンズから5位指名を受けてプロ入りしました。

 

 

西武では2017年から2025年までプレー。

2026年はメキシカンリーグを経て神奈川フューチャードリームスに加入し、同年8月19日に2026年シーズン限りで現役を引退することを発表しています。

 

では、平井克典さんの嫁や子供については、どこまで明らかになっているのでしょうか。

また、控え投手だった高校時代や愛知産業大学、Honda鈴鹿を経てプロ入りした経歴、話題となった2019年の81試合登板も気になります。

 

そこで今回は、平井克典さんの嫁や子供、高校・大学時代、81試合登板、そして現役引退まで詳しくリサーチしていきます。

 

タマ
平井克典さんの家族や野球人生を詳しくリサーチしていくニャー!
イッヌ
高校時代から2026年の現役引退まで分かるワン!

平井克典の嫁や子供が気になる!

平井克典さんの嫁や子供について気になっている人も多いのではないでしょうか。

2025年10月、西武から翌シーズンの契約を結ばないことを通告された際、平井さん本人は球団公式サイトを通じて「家に帰れば家族の顔をみて、まだがんばらなきゃと自分を奮い立たせてきました」とコメントしています。

 

さらに2026年8月の現役引退発表でも、平井さんは「家族を始め周りの方々に恵まれ、育てていただいた」と感謝を伝えました。

平井さんにとって家族が大きな支えになっていたことは、本人の言葉から分かります。

参照:埼玉西武ライオンズ公式サイト

嫁の実名や詳しいプロフィールは?

平井克典さんの妻について、この記事で紹介できるだけの公的なプロフィール情報は確認できませんでした。

そのため、妻の実名や職業、出身校、現在の生活拠点など、一般人のプライバシーに関わる情報は掲載しません。

 

一方で、平井さん本人が2025年と2026年の公式コメントで「家族」に言及していることは確認できます。

華やかなプロ野球生活だけではなく、苦しい時期にも家族の存在が力になっていたようです。

 

タマ
本人の言葉から家族への思いが伝わってくるニャー!
イッヌ
苦しい時期の大きな支えだったんだワン!

平井克典に子供はいる?

平井克典さんの子供についても調査しましたが、子供の有無や人数を確認できる本人・球団などの公表情報は見つかりませんでした。

本人が「家族」という表現を使っているからといって、それだけで子供がいると判断することはできません。

そのため、子供については公表されていないというのが現時点で確認できる範囲です。

控え投手だった高校時代の平井克典!

続いて、プロ入りまで決して順風満帆ではなかった平井克典さんの高校時代を見ていきましょう。

NPB公式の選手データでは、平井さんの経歴は「飛龍高-愛知産業大-ホンダ鈴鹿」となっています。

 

日刊スポーツによると、飛龍高校時代の平井さんは控え投手でした。

高校2年夏にはチームの静岡県大会ベスト4入りに貢献したものの、3年夏は登板機会がないまま3回戦で敗退しています。

 

現在まで続く平井さんの野球人生を考えると、高校時代からエースとして脚光を浴び続けてきたタイプではなかったことが分かりますね。

高校時代からスライダーは高く評価されていた

試合に出られない時期があった一方、平井さんには高校時代から光る武器がありました。

ドラフト指名時の日刊スポーツの記事では、飛龍高校時代の監督が平井さんについて次のように振り返っています。

 

「高校時代からスライダーは天下一品だった」

引用元:日刊スポーツ(https://www.nikkansports.com/baseball/news/1727262.html)

 

後に西武の選手名鑑でも、平井さん自身がセールスポイントとして「スライダー」を挙げています。

 

 

プロ入り後の武器となったスライダーは、高校時代から評価されていたわけですね。

 

タマ
控え投手からプロまでたどり着いたのがすごいニャー!
イッヌ
スライダーは高校時代から武器だったワン!

大学時代からHonda鈴鹿で飛躍した平井克典!

高校卒業後、平井克典さんは愛知産業大学へ進学しました。

愛知産業大学の学報でも、平井さんが同大学の総合経営学科出身で、硬式野球部の投手としてプレーしていたことが紹介されています。

 

BASEBALL KINGによると、大学ではチームの1部リーグ昇格などに貢献したものの、卒業時には企業チームからオファーがなく、自らHonda鈴鹿へ売り込んで採用されたとされています。

 

 

待っているだけではなく、自分から次の野球人生を切り開いた形です。

Honda鈴鹿で投球フォームを変更

平井さんの野球人生で大きな転機になったのが、Honda鈴鹿時代の投球フォーム変更でした。

BASEBALL KINGは、社会人1年目に結果を残せなかった平井さんが、オーバースローからサイド気味のスリークォーターへ転向したと伝えています。

 

週刊ベースボールONLINEでも、Honda鈴鹿でオーバースローからサイドスローにフォームを改造したことが「野球人生の転機」になったと紹介されています。

その後、社会人3年目にはエース格として活躍。2016年のドラフト会議で西武から5位指名を受けました。

 

Honda公式の歴代選手一覧にも、平井さんが2014年度のHonda鈴鹿入部選手として掲載されています。

高校時代は控え投手。大学卒業時にも企業チームから声が掛からなかったと報じられた平井さんが、フォーム変更を経てNPBまで到達しました。

まさに、遠回りしながら自分の武器を磨いてつかんだプロ入りでした。

平井克典は投げすぎだった?2019年は81試合に登板

平井克典さんを語るうえで外せないのが、西武時代の圧倒的な登板数です。

 

 

NPB公式記録によると、2019年の平井さんは81試合に登板し、5勝4敗36ホールド、防御率3.50を記録しました。

 

2017年は42試合、2018年は64試合に登板しているため、プロ入りから2019年までの3年間だけで187試合に登板しています。

2019年当時は、この登板ペースをめぐって「投げすぎではないか」と心配する声も広がりました。

当時は「投げすぎ問題」として報じられていた

 

文春オンラインは2019年7月、「ファンも心配、西武・平井克典投げすぎ問題」と題した記事を掲載しています。

記事掲載時点ではチームが73試合を消化する中で平井さんは39試合に登板。中継ぎ投手として非常に高いペースでマウンドに上がっていました。

一方、平井さん本人は当時、ファンから心配されることには感謝しつつ、「そんなに投げすぎという感覚はない」と話しています。

 

「そんなに投げすぎという感覚はないです」

引用元:文春オンライン(https://bunshun.jp/articles/-/12574)

 

つまり「酷使」という言葉だけで平井さん本人の状態まで決めつけるのは適切ではありません。

2019年に81試合へ登板したことは公式記録ですが、その登板数と後の故障などとの因果関係までは確認されていません。

事実として残っているのは、平井さんが2019年に極めて多くの試合でブルペンを支えたことです。

NPBでは通算350試合に登板

NPB公式によると、平井さんは2017年から2024年まで一軍で通算350試合に登板しました。

通算成績は29勝25敗、104ホールド、防御率3.39。459イニングを投げ、353奪三振を記録しています。

 

特にリリーフとして存在感を見せたのが2018年、2019年、2023年です。

2018年は64試合で21ホールド、2019年は81試合で36ホールド、2023年には54試合で28ホールドを挙げました。

 

 

長年にわたって西武のブルペンを支えた投手だったことが、数字からも分かりますね。

 

タマ
81試合という数字はやっぱりインパクト抜群ニャー!
イッヌ
通算104ホールドも積み重ねたワン!

平井克典は2026年シーズン限りで現役引退

平井克典さんの野球人生には、2025年から2026年にかけて大きな変化がありました。

埼玉西武ライオンズは2025年10月1日、平井さんと翌シーズンの選手契約を結ばないことを発表しました。

 

平井さんは球団を通じ、2018年と2019年のリーグ連覇が西武で特に印象に残っていると振り返っています。

西武での長いキャリアに区切りがつきましたが、これで野球人生を終えたわけではありませんでした。

2026年はメキシコから神奈川フューチャードリームスへ

神奈川フューチャードリームスの発表によると、平井さんは2026年にメキシカンリーグのラグナ・ユニオン・コットンファーマーズでプレー。

その後、神奈川フューチャードリームスへ加入しました。

週刊ベースボールONLINEは、神奈川加入時の平井さんが7月末までのNPB復帰を目指していたと伝えています。

 

2026年6月19日には神奈川加入後初セーブを挙げ、3者連続三振で試合を締めました。

 

 

NPBを離れてからも海外、そして独立リーグへと舞台を移しながら、現役を続けていたのです。

2026年8月に現役引退を発表

そして2026年8月19日、神奈川フューチャードリームスは、平井克典さんが2026年シーズン限りで現役を引退すると発表しました。

平井さん自身も「今シーズンで現役生活に区切りをつける決断をしました」とコメントしています。

 

今シーズンで現役生活に区切りをつける決断をしました。

引用元:ルートインBCリーグ(https://bc-l.jp/news_team.php?keyno=2929)

 

平井さんは海外リーグや独立リーグで過ごした時間について「自分の人生の中でとても貴重な時間でした」と振り返り、家族や指導者、野球を通じて出会った人、ファンへの感謝を伝えています。

さらに、引退後についても気になる言葉を残しました。

 

今後もまだ野球には携わりたいと思っています。

引用元:ルートインBCリーグ(https://bc-l.jp/news_team.php?keyno=2929)

 

2026年9月時点で、引退後の具体的な役職や活動内容の発表は確認できませんでした。

ただ、本人が野球に携わりたいという意思を明かしているだけに、これまでの経験を今後どのような形で野球界へ還元していくのか注目ですね。

まとめ

 

平井克典さんについて調査した内容をまとめます。

 

  • 1991年12月20日生まれで、飛龍高校・愛知産業大学・Honda鈴鹿を経て西武へ入団
  • 2025年の西武退団時や2026年の引退発表で、本人が家族への感謝を語っている
  • 妻の詳しいプロフィールや子供の有無・人数については、公表情報を確認できない
  • 高校時代は控え投手だったが、スライダーは当時から高く評価されていた
  • 2019年には81試合に登板し、NPBでは通算350試合・104ホールドを記録
  • 2026年はメキシコ、神奈川フューチャードリームスでプレーし、同年シーズン限りでの現役引退を発表

 

タマ
控え投手から長い現役生活を築いたんだニャー!
イッヌ
次はどんな形で野球に携わるのか注目だワン!

高校時代の控え投手から大学、Honda鈴鹿を経てプロ入りし、西武ではブルペンを支え続けた平井克典さん。

2026年シーズン限りで現役生活に区切りをつけますが、本人は今後も野球に携わりたいという思いを明かしています。

 

 

次のステージでどのような姿を見せてくれるのか、これからにも注目です。

平井克典の嫁や子供は?高校・大学時代と81試合登板、現役引退まで調査!
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