栗山巧(くりやま・たくみ)選手は1983年9月3日生まれの43歳(2026/09/21時点)・身長177cm・体重85kgで、兵庫県出身。
育英高校から2001年のドラフト4巡目で西武ライオンズに指名され、2002年の入団から埼玉西武ライオンズ一筋でプレーしてきました。
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そんな栗山巧選手は2026年シーズンを「締めくくりのシーズン」として戦い、今季限りで現役を引退することを表明。
2026年8月30日には引退会見が開かれ、同日17時開始予定の楽天戦が引退試合となっています。
では、25年間ライオンズ一筋を貫いた栗山巧選手はどんな人物なのでしょうか。
気になる嫁や子供、高校時代、長年続けてきた社会貢献活動、そして引退後についても調査してみました。
【2026】栗山巧が現役引退!25年間西武一筋だった
まず押さえておきたいのが、栗山巧選手の現役引退です。
2026年シーズン限りで現役を引退
栗山巧選手は2025年11月24日に2026年シーズンを「締めくくりの年」とすると公表。
埼玉西武ライオンズは2026年6月29日、8月30日の楽天戦を引退試合として開催することを発表しました。
言葉は不要『栗山巧がいる風景』《THE FEATURE PLAYER》 https://t.co/9ldNv47Q3W @YouTubeより
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2002年の入団から数えると、25年間にわたってライオンズのユニフォームを着続けたことになります。
背番号も入団時の「52」から「1」へ。球団は引退企画で、その歩みを「25年の物語」として紹介しています。
引退会見で明かしたライオンズ一筋だった理由
2026年8月30日に行われた引退会見では、栗山巧選手自身が25年間ライオンズでプレーできた理由について語っています。
パ・リーグ.comによると、ドラフトで指名され、野球に集中できる環境を与えてもらったことに加え、一軍デビュー後も球団が自分を必要としてくれたことを理由に挙げました。
さらに、栗山巧選手自身もライオンズが大好きで、このユニフォームを着てファンの前でプレーしたいという気持ちを毎年積み重ねてきたと説明しています。
移籍することなく25年間。
栗山巧選手が「ミスターレオ」と呼ばれる背景には、成績だけでなく、ライオンズへの変わらない思いもあるのでしょう。
栗山巧の引退後はどうなる?
2026年8月30日15時時点で、栗山巧選手の引退後の具体的な活動は公表されていません。
同日の引退会見でも、第2の野球人生について「現時点では未定」としたうえで、まずは引退試合を全うすることに集中したいという趣旨の発言をしています。
そのため、コーチや解説者になるといった情報を現段階で断定することはできません。
一方、後述する社会貢献活動については、現役引退後も自分にできることを可能な限り続けていきたいと話しています。
栗山巧の嫁はどんな人?2010年に結婚
続いて、栗山巧選手の嫁について見ていきましょう。
嫁とは約5年間の交際を経て結婚
日刊スポーツによると、栗山巧選手は2010年12月14日に結婚しています。
相手は栗山巧選手より3歳年上で、同じ兵庫県出身の女性。
知人の紹介で知り合い、約5年間の交際を経て結婚したと報じられました。
同紙では妻について「ムーミンのミイ」に似ているという栗山巧選手の話も紹介されています。
旧記事では容姿について推測する記述もありましたが、一般の方であるため、この記事では確認できた情報だけを紹介します。
妻が明かした「野球人・栗山巧」の素顔
結婚生活について印象的なエピソードが明らかになったのが、2021年の通算2000安打達成時です。
日刊スポーツに掲載された妻からの手紙では、栗山巧選手が帰宅後も自分のスイングを映像で確認し、調子を崩せば過去の映像と比較するなど、家庭でも野球と向き合い続けていたことが紹介されています。
さらに夜中にバットを振ることもあったそうで、プロになってからも打撃を追求し続けていた姿が家族の言葉から伝わってきます。
2026年の引退会見でも、栗山巧選手は25年間を振り返り、打撃を追求することは楽しかったという趣旨の発言をしています。
グラウンドだけでなく自宅でもバットマンだった――そんな人物像が見えてくるエピソードですね。
栗山巧の子供は3人!長男・長女・次女がいる
旧記事から大きく情報を更新する必要があるのが、栗山巧選手の子供についてです。
「子供は一人」ではなく3人
2021年9月の日刊スポーツでは、栗山巧選手の家族として妻と長男、さらに長女・次女の存在が報じられています。
したがって、旧記事にあった「おそらく子供は一人」という情報は現在では正しくありません。
栗山巧選手には長男・長女・次女の3人の子供がいることが大手報道から確認できます。
長男も野球に取り組んでいる
2021年の2000安打達成時には、長男から父への手紙も日刊スポーツで紹介されました。
その手紙からは、栗山巧選手が自宅では将棋やトランプなどをして一緒に遊ぶ父親だったことや、長男自身も野球をしていたことが分かります。
さらに2024年の日刊スポーツの記事では、長男が高校野球に挑戦する予定であることも伝えられていました。
ただし、子供は一般人でもあります。
学校名など、今回の調査で大手報道から確認できなかった情報については掲載しません。
引退の表現にも子供の言葉が影響していた
2026年8月30日の引退会見では、栗山巧選手が「引退」ではなく「締めくくりのシーズン」という表現を使ってきた理由にも家族が関係していたことを明かしています。
家庭で子供たちと話した際、「やめてもいいけど引退とは言わんとってくれ」という趣旨の言葉をかけられたそうです。
そして引退試合当日の朝も、子供たちが父親の一軍の試合を楽しみにしていることを会見で話していました。
25年間戦ってきたプロ野球選手であると同時に、家庭では3人の子供を持つ父親。
引退を迎える現在だからこそ読みたいエピソードではないでしょうか。
栗山巧は性格もイケメン?社会貢献を長年継続
栗山巧選手を調べると「イケメン」という話題だけでなく、その人柄にも注目が集まります。
ただ、性格そのものを第三者が「良い」と断定することはできません。
そこで、実際に確認できる行動から見ていきましょう。
2014年にゴールデンスピリット賞を受賞
栗山巧選手は2014年、社会貢献活動に取り組むプロ野球選手を表彰する「ゴールデンスピリット賞」を受賞しています。
埼玉西武ライオンズによると、同賞の受賞は球団史上初でした。
栗山巧選手が「ゴールデンスピリット賞 第16回表彰式」に出席! https://t.co/icooGttOxR @YouTubeより
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栗山巧選手は「こども」と「被災地」を軸に支援活動を継続。
自身のシーズンシートを使って子供たちを球場へ招待したほか、小児がんの子供とその家族への支援にも取り組んできました。
また、選手会長だった2012年には「ライオンズこども基金」の設立を球団と選手会に提唱し、実現させています。
引退後も社会貢献活動は続けたいと表明
そして、この活動は現役生活だけで終わるものではなさそうです。
2026年8月30日の引退会見で栗山巧選手は、プロ野球選手としてグラウンド以外でもできることを考えたことが社会貢献活動を始めるきっかけだったと説明しました。
さらに、現役引退後も自分にできることをできる限り続けていきたいと明言しています。
旧記事では「性格もイケメン」と表現していましたが、現在の記事では、こうした長年の行動そのものを栗山巧選手の人柄を知る材料として紹介する方が伝わりやすいでしょう。
栗山巧の高校時代もすごい!育英高校で甲子園ベスト4
プロで2000安打を超えた栗山巧選手ですが、高校時代から長打力のある打者でした。
育英高校時代は通算47本塁打
栗山巧選手は兵庫県の育英高校出身で、日刊スポーツによると高校時代に通算47本塁打を記録しています。
2000年夏の第82回全国高校野球選手権大会では育英高校が準決勝まで進出しました。
2回戦の小松工戦では、栗山巧選手が6回に適時二塁打を放った記録も残っています。
育英高校はその後も勝ち上がり、準決勝で東海大浦安に7-10で敗れましたが、夏の甲子園ベスト4という成績を残しました。
高校通算47本塁打の打者が、プロでは長年にわたり安打を積み重ねる打者へ。
栗山巧選手の打撃人生を振り返るうえで、高校時代も外せない原点のひとつです。
栗山巧の2000安打など25年間の主な実績
ここまで家族や人柄を中心に紹介しましたが、栗山巧選手を語るなら選手として残した数字も欠かせません。
2021年に2000試合出場&2000安打
2021年6月12日の中日戦で、栗山巧選手はプロ通算2000試合出場を達成しました。
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さらに同年9月4日の楽天戦では、プロ通算2000安打に到達。
球団によるとNPB史上54人目で、ライオンズの生え抜き選手として初めて2000安打を達成した選手となりました。
2000試合と2000安打を同じ2021年に達成したことになります。
2026年の引退会見時点で通算2151安打
日刊スポーツによると、2026年8月30日の引退会見時点で栗山巧選手はプロ通算2151安打を記録しています。
最多安打1度、ベストナイン4度、ゴールデングラブ賞1度などのタイトル・表彰歴もあります。
派手な一発だけでなく、一本一本の安打を25年間積み重ねてきた栗山巧選手。
2026年8月30日の引退会見では、ファンと一本ずつ一緒に積み重ねてこられたことを「素晴らしい時間だった」という趣旨で振り返っています。
まとめ|栗山巧は家族に支えられ西武一筋25年を貫いた
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- 栗山巧選手は2002年の入団からライオンズ一筋でプレーしてきた
- 2026年シーズン限りで現役を引退し、8月30日が引退試合
- 2010年に結婚し、妻との間には長男・長女・次女の3人の子供がいる
- 2014年には長年の社会貢献活動が評価され、球団史上初のゴールデンスピリット賞を受賞
- 2021年には2000試合出場と2000安打を達成し、2000安打はライオンズ生え抜き選手として初の快挙だった
栗山巧選手について調べてみると、2000安打を超える数字だけでは見えてこない姿がありました。
自宅に帰ってからも打撃を研究した野球への情熱、妻や3人の子供との家族生活、長年続けてきた社会貢献活動。
そして何より、25年間同じユニフォームを着続けたライオンズへの思いです。
2026年8月30日15時時点では、引退後の具体的な進路は公表されていません。
一方で、社会貢献活動については引退後も続けたいという考えを明かしています。
現役生活を締めくくった後、栗山巧選手がどんな「第2の野球人生」を歩むのかにも注目です。