松坂大輔の嫁と子供との関係!伝説の高校時代!去就やグローブも!

松坂大輔投手は1980年9月13日生まれの40歳(2020/09/24時点)で、東京都江東区出身。

 

1998年にドラフト1位で西武ライオンズに入団し、現在は古巣・埼玉西武ライオンズに所属。

背番号は『16』です。

 

この記事では、松坂大輔投手の嫁と子供の関係。そして、伝説の高校時代や今後の去就、さらに愛用グローブについても書いていきますので、最後までお付き合い下さい。

松坂大輔の嫁と子供の関係が気になる!

松坂大輔投手の嫁は、日本テレビの元アナウンサーだった柴田倫世(しばたともよ)さんです。

嫁の柴田倫世さんは、現在もですが、当時も美人アナウンサーとして絶大な人気を誇っていたことをハッキリと記憶しています。

 

嫁の柴田倫世さんとの馴れ初めは、スポーツ番組で知り合ったことがキッカケで交際に発展。

約4年間の交際を経て夫婦関係となり、嫁の柴田倫世さんが6歳年上ですので〝姉さん女房〟ですね。

松坂大輔投手が、プロ野球選手になった直後くらいに嫁の柴田倫世さんと交際し、寄り道を一切せずに結婚したわけですから、お互い一途な想いで惹かれあっていたのでしょう。

いやー、そんな恋愛に憧れちゃいますね!

 

しかし、ネット上では二人の〝不仲説〟や〝離婚説〟などが話題になっているみたいです。

 

が、松坂大輔投手と嫁の柴田倫世さんは、現在も至って仲良し夫婦なので、ネットで出回っているマイナスな情報はデマだと断言できるでしょう。

おそらく、嫁の柴田倫世さんは、現在ボストンで子供3人と暮らしているみたいで、松坂大輔投手が単身一人で日本球界で頑張っているから〝不仲説〟や〝離婚説〟が出回ったのでしょうね。

 

嫁との関係はおそらく良好だとは思いますが、松坂大輔投手と子供達との関係も気になりますね。

 

松坂大輔投手には、長女・長男・次女の3人の子供がいて、嫁の柴田倫世さんがかなりの教育ママだとか。

なので、子供達の教育費は惜しむことなく使い、子供達もボストンで暮らしているということは、基本的に英語が日常でのコミュニケーションとなるわけです。

将来はアメリカの一流大学に進学するのではないでしょうか。

 

逆に日本語が苦手な子供達は、日本語しか話せない松坂大輔投手と日常会話が難しいみたいですね。

当然と言えば当然のことですが、やはり自分の可愛い子供達とは沢山お話ししたいものです。

 

ということで、松坂大輔投手と家族との関係は非常に良好だとは思いますが、子供達とのコミュニケーションが現段階では難しいということがわかりましたね。

松坂大輔投手にはいずれ英語を猛勉強して、英語での日常会話を身に付けてもらいましょう!

松坂大輔投手の伝説すぎる高校時代!

高校時代から現在まで〝平成の怪物〟と称されてきた松坂大輔投手ですが、その呼び名の通り、高校野球や甲子園の歴史に残る伝説を打ち立てたことは多くのファンが知っていることでしょう!

松坂大輔投手の活躍がキッカケで、高校野球が好きになったり、甲子園に興味を持ったファンも少なくないと思いますね。

 

松坂大輔投手は『横浜高等学校(横浜高校)』出身で、高校野球ファンなら当然知っている甲子園常連校ですね。

横浜高校から多くのプロ野球選手が排出されていますから、甲子園やプロを目指す〝志が高い選手〟が多くいると思います。

 

そんな名門・横浜高校時代の松坂大輔投手は、〝サボりのマツ〟と言われるほど練習嫌いだったそうです。

凄い人は沢山の異名があるんですね。

しかし、2年生の夏の神奈川県大会の準決勝で、自身の暴投によるサヨナラ負けがキッカケで奮起し猛練習し、3年生の時には150キロ超えの『ストレート』と切れ味鋭い『スライダー』を武器に〝超高校級〟の投手に成長することに!

〝サボりのマツ〟の異名がなければ、更なる伸び代があったのではないかと考えましたが、サヨナラ負けの悔しさをバネにしたから、高校時代の松坂大輔投手は大きな成長ができたのだと思います。

 

そして、ここから松坂大輔投手の伝説が始まります。

代表的な伝説の一つが〝横浜高校対PL学園の延長17回の死闘〟です。

 

 

永遠に試合が続くのではないかと思うくらいの大熱戦でしたね。

PL学園のエース上重聡(現・日本テレビアナウンサー)さんも凄いですが、この試合で松坂大輔投手が投げた球数が250球ですから、現在の高校球界だと大問題になるレベルですよ!

 

もう一つ、松坂大輔投手の高校時代で絶対的な伝説が、春夏連覇がかかった夏の甲子園での決勝戦で〝ノーヒット・ノーラン〟で締めくくり、見事に横浜高校が春夏連覇を達成したことですね。

 

 

まるで、漫画の主人公のような伝説的な活躍があったから、松坂大輔投手を〝平成の怪物〟だったり、同じ世代で凄い選手達を〝松坂世代〟と総称した言葉が生まれたのでしょう!

これだけの伝説を残せば、平成から令和の時代になっても、松坂大輔投手が〝平成の怪物〟と言われ続け、未だに注目されても当然だと思いました。

 

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