ズレータはなぜホークスを退団した?19年越しに明かした理由や現在・乱闘&パナマ運河も調査!

フリオ・ズレータ(ふりお・ずれーた)さんは1975年3月28日生まれの51歳(2026/10/05時点)・身長197cm・体重113kgで、パナマ出身です。

2003年シーズン途中に福岡ダイエーホークスへ加入し、2006年までダイエー・ソフトバンクでプレーした後、2007年から2008年までは千葉ロッテマリーンズに所属しました。

ホークスでは4シーズンで454試合に出場し、464安打、122本塁打を記録した強打者で、「パナマの怪人」と呼ばれていました。

特に2005年は打率.319、43本塁打、99打点をマークしており、豪快な一発と「パナマ運河」のパフォーマンスを覚えているホークスファンも多いのではないでしょうか。

 

 

では、これだけの成績を残したズレータさんは、なぜ2006年限りでホークスを退団したのでしょうか。

さらに、検索すると気になる「乱闘」や「パナマ運河」とは何だったのか、現在の活動も気になるところです。

そこで今回は、ズレータさんのホークス退団理由や現在、乱闘、パナマ運河について詳しくリサーチしていきます。

 

タマ
この記事では、ズレータさんの退団理由やパナマ運河などを詳しくリサーチしていくニャー!
イッヌ
現在の活動や記憶に残る乱闘についても分かるワン!

ズレータはなぜホークスを退団した?理由を19年越しに本人が告白

ズレータさんのホークス退団について見ていきましょう。

ズレータさんは2003年途中から2006年までホークスに在籍し、4年間で122本塁打を記録しました。

最終年となった2006年も126試合に出場して打率.281、29本塁打、91打点を残しています。

それでも、2006年シーズンを最後にホークスを離れることになりました。

退団理由は球団との契約条件の違いだった

2025年2月、ズレータさん本人が鷹フルの単独インタビューで、ホークスを退団することになった当時の事情を明かしています。

当時は代理人を通して球団側と交渉していましたが、球団から提示された内容とズレータさんが望んでいた条件には乖離があったといいます。

そのため、希望していた契約に至らず、ホークスを退団することになりました。

「本当に、表現できないくらい辛いことだったんです。」
引用元:鷹フル(https://taka.full-count.jp/2025/02/07/post1269400/)

本人は退団後もしばらく引きずったと振り返っており、それほどホークスを離れることは苦しい決断だったようです。

 

タマ
契約条件の違いが退団につながったんだニャー。
イッヌ
19年後に本人が理由を語ったのは貴重だワン!

ホークスが嫌いになったわけではなかった

退団理由が契約面にあった一方で、ズレータさんはホークスへの愛情がなくなったわけではないとも語っています。

鷹フルのインタビューでは、自分が望んでいたオファーではなかったものの、チームを嫌いになるような気持ちは全くなく、ホークスへの愛は変わらなかったという趣旨の思いを明かしました。

さらに、できることならホークスでずっとプレーしたかったという当時の気持ちも振り返っています。

 

 

退団後もホークスへの思いは消えていなかったことが、約19年後の古巣復帰にもつながったのかもしれませんね。

ズレータの「パナマ運河」とは?誕生した理由も判明

続いて、ズレータさんを検索すると出てくる「パナマ運河」について見ていきましょう。

ズレータさんの「パナマ運河」は、本塁打を打った際などに披露していた代名詞的なパフォーマンスです。

 

 

ホークス公式サイトでも、ズレータさんについて「パナマの怪人」と呼ばれ、ホームラン後には「チョップ!チョップ!パナマウンガー!」のパフォーマンスを披露していたと紹介されています。

「パナマ運河」はファンを喜ばせるために生まれた

2025年2月の鷹フルのインタビューで、ズレータさん本人が「パナマ運河」誕生の経緯を明かしました。

2003年にダイエーへ加入したズレータさんは、翌年に向けて、ホームランを打った時に自分だけでなくファンにも喜んでもらえることがないか考えていたそうです。

そこで当時の通訳に「パナマカナル」を日本語では何と言うのか尋ね、「パナマ運河」という言葉を知ったと語っています。

さらに母国パナマの象徴であることから、弱々しくならないよう、刀を振り下ろすような手の動きを取り入れたそうです。

「何かモチベーションになるようなことがないかな、と考えていました。」
引用元:鷹フル(https://taka.full-count.jp/2025/02/08/post1269693/)

パフォーマンスには「よかろうもん」や「福岡、最高ばい」といった福岡らしい言葉を組み合わせたパターンもあったと本人が明かしています。

つまり「パナマ運河」は単なる奇抜な決めゼリフではなく、母国パナマの象徴と福岡の言葉を取り入れ、ファンを喜ばせるために考えたパフォーマンスだったわけですね。

 

タマ
ちゃんと誕生の理由があったんだニャ!
イッヌ
福岡愛まで詰まったパフォーマンスだワン!

ズレータの乱闘とは?記憶に残る2006年日本ハム戦

続いて、ズレータさんについて語られることの多い「乱闘」です。

週刊ベースボールONLINEは、ズレータさんについて「6度の退場処分のファイター」と紹介しています。

同媒体によると、特に大きな騒動となったのが2006年4月16日の日本ハム戦でした。

金村暁投手からの死球をきっかけに騒動へ

NPB公式記録では、2006年4月16日の日本ハム戦でズレータさんが金村暁投手から死球を受け、その後途中交代したことが確認できます。

週刊ベースボールONLINEによると、ズレータさんはこの死球を受けて金村投手に向かい、暴力行為に及びました。処分については当時の記録では出場停止10試合とされています。

同媒体では、2004年にロッテのダン・セラフィニ投手との間でも乱闘が起きたと紹介されています。

豪快なホームランや陽気なパフォーマンスだけでなく、こうした激しい一面もズレータさんが強烈な印象を残した理由の一つだったのかもしれません。

ただし、乱闘の細かなやり取りについては後年の記事による記述も多いため、当時の公式記録で確認できる内容と報道による内容は分けて見る必要があります。

 

タマ
プレースタイルもかなり熱かったんだニャ。
イッヌ
乱闘とパナマ運河、どちらも記憶に残るワン!

ズレータは現在何してる?2025年にホークスへコーチとして復帰

最後に、ズレータさんの現在について見ていきましょう。

ズレータさんは2025年、春季キャンプでホークスの臨時コーチとして古巣に復帰しました。

ホークス公式によると、筑後ではホセ・オスーナ選手、マルコ・シモン選手、デービッド・アルモンテ選手ら育成外国人野手の練習に付き添い、アドバイスを送っていました。

 

 

そして2025年7月1日には、NPBのコーチ登録公示でズレータさんがホークスの「外国人育成打撃コーチ」として登録されています。

現役時代にホークスで122本塁打を放った助っ人が、今度は外国人選手を育てる立場で古巣に戻ったことになります。

2026年のホークス公式コーチ一覧には名前なし

一方、「現在」を見る際には時点に注意が必要です。

2026年9月時点で確認できるNPBの2026年度ホークス監督・コーチ一覧には、ズレータさんの名前は掲載されていません。

2026年6月1日付では、ホセ・ダニエル・オスーナ氏が外国人育成打撃コーチとして登録されています。

 

そのため、2026年9月現在もズレータさんがホークスのコーチを務めているとは確認できません。

 

2025年には臨時コーチから正式な外国人育成打撃コーチへと役割を広げ、古巣ホークスで若い外国人選手を支えていたことまでは確認できます。

ズレータのホークス退団理由・現在・乱闘・パナマ運河まとめ

ズレータさんのホークス退団理由や現在、乱闘、パナマ運河について調査しました。

 

  • 2003~2006年にホークスでプレーし、4年間で122本塁打を記録
  • 2006年の退団は、本人が望む契約条件と球団側の提示に乖離があったことが大きな理由
  • 「パナマ運河」は、ファンを喜ばせようと、母国パナマの象徴と福岡の言葉を取り入れて生まれたパフォーマンス
  • 2006年の日本ハム戦では死球をきっかけに騒動となり、出場停止10試合の処分を受けた
  • 2025年にはホークスの外国人育成打撃コーチを務めたが、2026年度のNPB公式コーチ一覧には掲載されていない

 

現役時代の豪快なホームランだけでなく、「パナマ運河」でファンを楽しませたズレータさん。

2025年のインタビューでは、退団から約19年が経ってもホークスへの強い思いを語っていました。

 

タマ
パナマ運河をまた見たくなるニャー!

 

イッヌ
ホークス愛が今も伝わってくるワン!

2026年9月時点でホークスのコーチとしての登録は確認できませんが、今後もズレータさんがどのような形で野球やホークスに関わっていくのか注目です。

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