ソフトバンクホークス選手応援ブログ「Hawks Soul(ホークスソウル)

大隣憲司の難病は!?嫁と子供と今後についても調査!

大隣憲司は1984年生まれの現在34歳で、小学3年生から野球チームに所属し、中学から硬式野球を始めました。

京都学園高校では1年生から活躍し、大学では世界大学野球選手権の日本代表に選出されるなど実績を残しました。

 

2006年に『希望入団枠制度』で福岡ソフトバンクホークスに入団し、背番号は『28』でした。

 

ホークスでは先発で活躍し、2012年にキャリアハイとなる12勝を挙げ、その年のオフに第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表候補になると、翌年の本大会も侍ジャパンの一員として好投するなど活躍しました。

 

しかし、大隣憲司は難病の影響で2017年にホークスから戦力外通告を受け退団することになりましたが、テスト入団で千葉ロッテマリーンズに入団することに。

だが、2018年の1軍登板はわずかに1試合だけにとどまり引退を決意。

 

この記事では、大隣憲司の難病とは?

さらに大隣憲司の嫁と子供や今後についても書いていきますので、最後までお付き合いください。

大隣憲司の難病は!?

 

2012年に12勝を挙げ、更なる飛躍が期待された大隣憲司ですが、2013年に『黄色靭帯骨化症』という難病にかかってしまい、2013年と2014年のシーズンの序盤をリハビリに費やしてしまいます。

過去、発症した多くの選手が失意のうちに引退へ追い込まれている難病なので、大隣憲司も引退がよぎったと考えられます。

 

 

それでも、大隣憲司は諦めずリハビリを続け、2014年の7月に1軍復帰を果たすと先発投手として422日ぶりの勝ち星を挙げました。

難病である『黄色靭帯骨化症』から復帰した投手がマークしたプロ野球史上初の勝利でした。

 

そんな大隣憲司の成績推移と年俸推移をまとめてみました。

 

成績推移

  • 2007年 ソフトバンク 登板8 2勝4敗 投球回43.2 四球24 死球2 三振33 失点30 自責点29 防御率5.98
  • 2008年 ソフトバンク 登板22 11勝8敗 完投6 完封2 投球回155.2 四球39 死球5 三振138 失点58 自責点54 防御率3.12
  • 2009年 ソフトバンク 登板26 8勝10敗 投球回129.1 四球41 死球5 三振107 失点73 自責点66 防御率4.59
  • 2010年 ソフトバンク 登板20 4勝9敗 投球回110.2 四球43 死球1 三振91 失点57 自責点53 防御率4.31
  • 2011年 ソフトバンク 登板9 3勝0敗 投球回34.2 四球4 死球3 三振33 失点9 自責点9 防御率2.34
  • 2012年 ソフトバンク 登板25 12勝8敗 完投6 完封3 投球回177.1 四球46 死球4 三振134 失点45 自責点40 防御率2.03
  • 2013年 ソフトバンク 登板7 3勝3敗 投球回42.2 四球10 死球1 三振29 失点19 自責点16 防御率3.38
  • 2014年 ソフトバンク 登板9 3勝1敗 完投1 完封1 投球回55 四球14 死球2 三振45 失点11 自責点10 防御率1.64
  • 2015年 ソフトバンク 登板11 5勝4敗 完投3 完封2 投球回74.1 四球15 死球6 三振35 失点25 自責点21 防御率2.54
  • 2016年 ソフトバンク 登板1 1勝0敗 投球回6 四球2 死球2 三振4 失点1 自責点1 防御率1.50
  • 2017年 ソフトバンク 登板1 0勝1敗 投球回3.2 四球1 失点6 自責点6 防御率14.73
  • 2018年 千葉ロッテ 登板2 0勝2敗 投球回1.2 失点8 自責点7 防御率37.80
  • 通算 登板141 52勝50敗 完投16 完封8 投球回834.2 四球239 死球31 三振650 失点342 自責点312 防御率3.36

 

年俸推移

  • 2006年 ソフトバンク 契約金1億円
  • 2007年 ソフトバンク 1500万円
  • 2008年 ソフトバンク 1350万円
  • 2009年 ソフトバンク 3350万円
  • 2010年 ソフトバンク 3500万円
  • 2011年 ソフトバンク 3500万円
  • 2012年 ソフトバンク 3000万円
  • 2013年 ソフトバンク 6300万円
  • 2014年 ソフトバンク 6000万円
  • 2015年 ソフトバンク 7300万円
  • 2016年 ソフトバンク 6800万円
  • 2017年 ソフトバンク 5500万円
  • 2018年 千葉ロッテ 1000万円
  • 総額 4億9100万円+契約金

難病を克服した大隣憲司ですが、納得のいくパフォーマンスができず残念ながら2018年のシーズンを最後に引退することに。

 

ですが、難病を克服した勇姿は多くのファンの記憶に永劫残り続けると思います。

大隣憲司の嫁と子供の調査!

大隣憲司は2011年9月にグラビアアイドルなどで活躍していた嵐優子と結婚していました。

 

2人が結婚に至った馴れ初めは公表されてませんが、嫁の嵐優子は関西出身でリポーターとしても活躍していた経験もあることから、大隣憲司と共演したことが交際のキッカケになったのかなと考えられます。

嫁の嵐優子は女優業もしていたそうで、その綺麗な容姿に大隣憲司は惚れてしまったのかもしれませんね。

 

大隣憲司と嫁の嵐優子との子供ですが、2018年までは子供が誕生したという情報がないので子供はまだいないのかもしれません。

大隣憲司の今後は?

現役を引退した大隣憲司の今後ですが、2019年のシーズンから千葉ロッテマリーンズの2軍投手コーチに就任することになりました。

正直ホークスじゃないのが残念ですが、コーチとして千葉ロッテを支えて欲しいですね。

 

大隣憲司は「また(ロッテに)戻って恩返しできる時間ができた。選手からいろんな話を聞きながら、長所、短所をしっかり見極めてサポートできればなと思います。教えるのは好きなほう。選手として何も力になれなかったので、こういう話をいただけて感謝しかない。今まで以上の責任感が出てきています。1人でも多く1軍で勝てる投手になってほしい」とコメントしています。

 

指導者として始まる第2の人生、大隣憲司の挑戦は続いていきますね。

最後に

〝タラレバ〟の話になっちゃいますが、大隣憲司が難病を発症しなければ成績はまだまだ良かったと言い切れるくらい素晴らしい投手でした。

それでも、難病を克服した後の勝ち星はこれから苦難と戦っていく人々にとって、必ず希望の道しるべになっていくことでしょう。

 

今後、指導者としての大隣憲司に注目していきたいと思います。

プロ生活12年間、本当にお疲れ様でした。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

最新情報をチェックしよう!