山川穂高が結婚した嫁・山川麻衣子と子供の存在が気になる!書道とピアノが得意!中学・高校・大学時代もヤバかった!

プロ野球解説者でもあり、とても実績のある方ですね!

 

山川穂高選手の中学時代は野球一筋かと思いきや、中学校ではバレー部に所属していたみたいで、週4日は野球の練習、残り3日はバレー部で頑張っていたとか。

 

バレー部に入った理由は、遊びたい友達がバレー部にいたからだそうです。

中学生らしい理由といえばそうなのかもしれませんね。

 

野球もバレーもレギュラーとして活躍しており、底知れぬ才能を発揮しつつ、毎日1リットルの牛乳を飲み、ご飯を3合食べるなど、現在の体格は中学時代で土台が完成していたのでしょう!

これだけ大きく成長させてくれた両親に感謝せねばなりませんね。

 

ということで、中学時代の山川穂高選手は、野球とバレーを両立し、現在の体格の礎を築き上げていたことが分かりました。

山川穂高の高校時代が気になる!

中学卒業後は『沖縄県立中部商業高等学校』に進学し、一塁手や外野手として活躍していた山川穂高選手。

 

沖縄の高校野球は全国トップクラスに強く、代表的な強豪校は、春夏連覇を達成した興南高校(2010年に連覇)や春の選抜優勝2回の沖縄尚学(1999年と2008年に優勝)が甲子園常連校ですね。

沖縄の高校が強い理由としては、暑いイメージがありますが、冬でもあまり寒くならない気候環境が大きな理由だと思いますね。(台風の被害が多いですが)

 

高校2年の秋から4番打者を務め、チームの勝利に大きく貢献し、高校3年の夏の県大会では決勝戦まで進みますが、エース・島袋洋投手を擁する興南高校に惜しくも敗れてしまいます。(この翌年に興南高校が春夏連覇達成)

 

山川穂高選手は、この試合で2本の安打を放つ活躍を魅せるんですが、強豪校揃いの沖縄大会を制することは至難の業でしょう。

まあ、夏の高校野球は一発勝負ですし、そこに全ての青春をかけて戦う高校球児はとてもカッコいいので毎年チェックしちゃいますね!

残念ながら甲子園出場はできませんでしたが、山川穂高選手が高校時代に放ったホームラン数が通算27本と、高校時代にホームランアーティストとしての才能を開花させたのかもしれません。

 

〝ホームラン王〟山川穂高の高校時代は、確実に現在の土台として活きていることが分かりました。

日本代表に選ばれた山川穂高の大学時代!

山川穂高選手は高校卒業後、岩手県にある『富士大学』に進学し、大学1年から4番を務め、打点王を獲得するなどの活躍を魅せます!

高校卒業時点で、プロ野球選手になれる逸材だったのでしょうね。

 

大学2年では、第38回『日米大学野球選手権大会』の日本代表に選出され満塁ホームランを放ち、大学3年でも第26回『アジア野球選手権大会』の日本代表に選ばれ存在感を示した山川穂高選手。

大学時代の山川穂高選手は、実力と存在感が誰よりも凄かった印象が強いですね!

 

 

プロ相手でも御構い無しに3ランホームランを放つなど、大学時代の山川穂高選手はとにかくプロ顔負けのエゲツない選手だったんですね!

 

大学4年でも指名打者での〝ベストナイン〟を受賞した山川穂高選手は、その年のドラフトで埼玉西武ライオンズに入団することになります。

『富士大学』から初のプロ野球選手となり、大学の歴史にその名を刻んだ山川穂高選手は偉人と言える存在になったのではないでしょうか!

 

ということで、山川穂高選手の大学時代は、ずっと活躍し結果を残し続け、プロ野球選手に引けをとらない素晴らしい選手だったことが分かりました。

最後に

〝おかわり2世〟の愛称でファンから親しまれ、ホームラン後のパフォーマンス〝どすこい〟でファンと喜びを共有し、実力だけでなくファンを楽しませるプロ野球選手に成長を遂げた山川穂高選手。

福岡ソフトバンクホークスでいう松田宣浩選手のような存在に近いですね!

 

 

現在(いま)のプロ野球選手の中で、山川穂高選手が〝最強のホームラン打者〟だと思いますね。

今後も、山川穂高選手のホームランに注目していき、進化していくパフォーマンスにも期待しましょう!

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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