益田直也(ますだなおや)選手は1989年10月25日生まれの36歳(2026/09/13時点)・身長179cm・体重80kgで、和歌山県出身。
市立和歌山商業高校から関西国際大学を経て、2011年のドラフトで4位指名を受けて千葉ロッテマリーンズに入団し、現在も同球団に所属しています。
長年リリーフとして腕を振り続け、2026年8月4日にはプロ野球史上5人目となる通算250セーブを達成。
【幕張熱狂】益田直也『誇り高き守護神は幾多の苦難を乗り越えて…史上5人目となる通算250S達成!!!』 https://t.co/VWGp805hRM @YouTubeより
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千葉ロッテの投手では初の大記録となりました。
では、そんな益田直也選手の嫁(妻)はどんな人なのでしょうか。
結婚した時期や夫婦のエピソード、3人の子供、さらに高校・大学時代まで詳しく調査してみました。
益田直也の嫁はどんな人?結婚時期や夫婦関係を調査!
まず気になるのが、益田直也選手の嫁(妻)についてです。
益田直也は2013年7月31日に結婚
Number Webによると、益田直也選手は2013年7月31日に現在の妻と結婚しています。
2026年8月のNumber Webでは、妻本人のコメントも掲載されました。
一般人の家族のため、本記事では報道されている家族関係やエピソードの範囲のみ紹介します。
Number Webの記事では、2025年に250セーブまであとわずかに迫りながら苦しんでいた時期についても、妻が当時の様子を振り返っています。
順調な時だけではなく、思うような結果が出ない時期も間近で見守ってきた存在だったことが分かります。
「野球を家に持ち込んでいい」と支えた妻
益田直也選手は、結婚当初、打たれた試合でも自宅には野球のことを持ち込まないようにしていたそうです。
しかし、無理に気持ちを切り替えようとしている夫の姿を見て、妻から忘れられない言葉をかけられたとNumber Webで明かしています。
(家に)持ち込んでもいいよ。全然いいよ。私、野球好きだから
引用元:Number Web(https://number.bunshun.jp/articles/-/871578?page=2)
この言葉をきっかけに、益田選手は家でその日の試合について話すことが増え、妻が話を聞いてくれることで気持ちが楽になったといいます。
結果が良い日も悪い日も野球ごと受け止めてくれる妻は、長くリリーフを続けてきた益田選手にとって大きな存在だったのでしょう。
250セーブ達成時にも妻へ感謝
2026年8月4日、益田直也選手は西武戦で通算250セーブを達成しました。
NPBによると、250セーブはプロ野球史上5人目。
千葉ロッテの投手としては初で、先発登板を一度も経験せずに250セーブへ到達したのも史上初です。
NPB公式コラムでは、益田選手が長い道のりを支えてくれた家族に感謝し、とりわけ苦しい時期もそばにいた妻へ真っ先に報告したいと話したことが紹介されています。
結婚から13年。250セーブという大記録には、家族と一緒に積み重ねてきた時間も詰まっていることが伝わってきます。
益田直也の子供は3人!家族構成を調査
続いて、益田直也選手の子供について見ていきましょう。
長男・長女・次男の3人の子供がいる
2026年8月のNumber Webでは、益田家について長男・長女・次男の3人の子供がいることが報じられています。
長男が誕生したのは2014年。その後に長女が生まれ、2020年には次男が誕生しています。
千葉ロッテは2020年6月16日、益田選手の妻が前日の6月15日に第3子となる次男を出産したと発表。日刊スポーツも球団発表を伝えています。
頑張ってくれた妻と子供に感謝です。
引用元:日刊スポーツ(https://www.nikkansports.com/baseball/news/202006160000228.html)
第3子誕生時にも、益田選手が球団を通じて妻と子供への感謝を伝えていたことが分かります。
子供たちは父・益田直也の熱心なファン
Number Webによると、3人の子供たちは父の野球を熱心に応援しています。
益田選手が打たれた際には長男が悔しがることもあったそうで、球場だけでなくビジターゲームのテレビ中継でも家族で応援しているとのこと。
250セーブが近づいた際には、家族が遠征先まで足を運んで応援していました。
100セーブ、200セーブの節目でも同様だったとNumber Webは伝えています。
苦しい登板があっても、家に帰れば自分以上に悔しがってくれる家族がいる。
益田選手にとって妻と3人の子供は野球人生を支える大切な存在であることが伝わるエピソードです。
益田直也は家族の支えを受けて250セーブを達成!
ここでは、2026年に達成した250セーブについてもう少し詳しく見てみます。
プロ野球史上5人目・ロッテでは初
2026年8月4日の西武戦。益田直也選手は2点リードの9回に登板し、8球で三者凡退に抑えて今季2セーブ目を記録しました。
これが節目となる通算250セーブでした。
NPBによると、プロ野球史上5人目、パ・リーグでは2人目、千葉ロッテでは初の達成者です。
さらに先発登板なしで250セーブに到達した史上初の投手となりました。
2026年8月29日時点でも通算250セーブを記録しています。
苦しい時期を乗り越えて到達した大記録
250セーブまであと7で迎えた2025年は、不振や故障もあり22試合登板、5セーブにとどまりました。
Number Webでは、250セーブが迫りながら思うような投球ができなかった時期について、妻が「ほとんど眠れていなかったと思う」と振り返っています。
それでも2026年に249セーブ目を挙げ、8月4日に大台へ到達しました。
【劇的249S】益田直也『最終回“超采配”に脳汁ドバドバ…最後は大歓声と気迫で押しきって今季初セーブ!!!』 https://t.co/CpxjH001a8 @YouTubeより
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250セーブという数字だけを見ると華やかですが、その裏側には長い年月と苦しい時期があります。
だからこそ、達成後に益田選手が家族への感謝を語ったことにも重みがありますね。
益田直也の高校・大学時代は?内野手から投手へ転向
続いて、益田直也選手の高校・大学時代です。
現在はプロ野球を代表するリリーフ投手ですが、高校時代から注目された投手だったわけではありません。
高校時代は内野手の控えだった
スポーツナビによると、市立和歌山商業高校時代の益田選手は、3年間でレギュラーにはなれず、主に内野手の控えとして過ごしました。
高校時代は甲子園出場もなく、投手として全国的に名前を知られた存在ではありませんでした。
現在の益田選手しか知らないと、少し意外な経歴ではないでしょうか。
関西国際大学で投手に転向
高校卒業後は関西国際大学へ進学しました。
スポーツナビによると、大学に入ってから本格的に投手として歩み始めています。
2年春には公式戦のベンチ入りを果たしたものの、当初は登板機会も限られていました。
転機になったのが、全日本大学野球選手権の法政大学戦です。
投手陣の事情から全国大会の準決勝で登板する機会を得た益田選手は、この舞台をきっかけに投手として存在感を高めていきました。
高校時代は内野手の控えだった選手が、大学で投手として成長し、プロでは250セーブへ到達したというわけです。
一直線にスター街道を進んだのではなく、大学での転向を境に野球人生が大きく変わったことが益田選手の経歴の面白さですね。
益田直也の嫁・子供・家族まとめ
【通算800試合登板】益田直也『満塁ピンチを招くも執念の投球…逆転勝利に望みつないだ1回無失点!!』 https://t.co/3O7Pmaq9Ij @YouTubeより
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益田直也選手の嫁(妻)や3人の子供、高校・大学時代について調査しました。
- 益田直也選手は2013年7月31日に結婚した
- 妻は、苦しい時期も益田選手を支えてきた
- 子供は長男・長女・次男の3人
- 2026年8月4日にプロ野球史上5人目となる通算250セーブを達成した
- 高校時代は内野手の控えで、関西国際大学で投手として成長した
高校時代は内野手の控えだった益田選手が、大学で投手として道を切り開き、プロでは250セーブという大記録へ。
その長い野球人生のそばには、妻と3人の子供の存在がありました。
250セーブを「通過点」として現役続行への意欲も示している益田直也選手。
これからどこまで記録を伸ばしていくのか、今後の活躍にも注目です。