栗山英樹監督は1961年4月26日生まれの63歳(2024/11/23時点)で、東京都小平市出身。
創価高校から東京学芸大学、入団テストを経て1983年にドラフト外でヤクルトスワローズに入団し、1990年のシーズンを最後に現役引退。
2012年から北海道日本ハムファイターズの監督に就任し、2021年シーズン限りでの退任が決定となり、10年に渡る長期政権にピリオドを打つ。
2021年12月に野球日本代表監督に就任し、2023年のWBC優勝に導く。
栗山英樹が未だに結婚せず独身なのはイチローの嫁・福島弓子が関係していた!?
栗山英樹監督は、選手一人一人に対して愛情をできる限り注いでいることで有名な監督ですね。
選手たちを呼ぶ時は、苗字ではなく下の名前で呼びコミュニケーションをとるなど、接し方が非常にフランクで素晴らしいと思います。
特に自身の在任期間に活躍した大谷翔平選手(現エンゼルス)への入れ込みようは凄く、栗山英樹語録が出来るほどです。
「(大谷翔平は)かわいい、食べちゃいたい」と、栗山語録として残っているそうですが、それだけ愛情が深いということでしょう!
現在、メジャーリーガーとして活躍している大谷翔平選手を今もなお心配しているということで、栗山英樹監督の親心が半端なく伝わってきますね!
そんな栗山英樹監督ですが、現在(いま)も結婚しておらず独身ということから、一部では同性愛者なんじゃないのかとも噂されているそうです。
同性愛者だとしても特に問題ないのでしょうけど、栗山英樹監督からすれば「ほっといてくれっ」といった感情だと思いますね。
しかし、過去には結婚まで考えた女性との噂がもちろんあった栗山英樹監督。
現役を退いて野球解説者をしていた1994年頃、当時TBSアナウンサーをしていた福島弓子さんと婚約し、両親への報告まで済ませたとの噂があります。
福島弓子さんといえば、イチローさん(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)の嫁で有名な女性ですね。
結婚まで考えた福島弓子さんと(結婚)直前に、栗山英樹監督の方から一方的に破談を申し入れた経緯があったとか。
この背景には、栗山英樹監督が伊達公子さん(クルム伊達)と浮気していたとか、両親に結婚を反対されたという説があったみたいです。
もし、伊達公子さんとの浮気が事実だとすれば、栗山英樹監督に対してかなりのバッシングが飛んできそうですね。
その後、栗山英樹監督と結婚寸前までいったと噂された福島弓子さんはイチローさんと結婚し、伊達公子さんはミハエル・クルムさんと結婚し、幸せな過程を築いています。
栗山英樹監督も、未だに結婚せず独身でも、毎日が充実感に溢れているでしょうから幸せだと思います。
監督業をすごく熱心にやられているので!
今後も、栗山英樹監督の結婚に関する情報が入り次第追記していきたいと思います。
栗山英樹の現役時代が知りたい!
現在まで、北海道日本ハムファイターズの監督として素晴らしい実績を築いている栗山英樹監督ですが、現役時代どんな選手だったのか気になるファンも少なくないはずです。
この機会に、栗山英樹監督の現役時代を調査していきましょう!
東京都の創価高校を卒業後、東京学芸大学に入学した栗山英樹監督は、東京学芸大学で投手・野手の『二刀流』として活躍していたとか!
大谷翔平選手の『二刀流挑戦』に一番賛同した理由がわかる過去だニャー!だからこそ、大谷翔平選手からも「(栗山英樹監督は)一チームの監督以上の存在」と言われたのだと思うニャン!
しかし、大学在学中に故障によって野手に専念することになり『二刀流』を断念します。
当時の栗山英樹監督は、非常に悔しかったと思いますね。
入学時は教員を目指していたとのことですが、プロ野球への夢を諦めきれずにプロテストを受験。
1983年にドラフト外でヤクルトにテスト入団を果たした栗山英樹監督。
現在(いま)では珍しい国立大学出身のプロ野球選手だったニャー!
プロ入りしてからは、当時チームの大黒柱であった若松勉さんに勧められて両打に転向すると、これが功を奏して1986年には外野手としての出場機会が激増し、チームの勝利に貢献するなど活躍をしていくことに!
1989年にはじめて規定打席到達すると、ゴールデングラブ受賞を獲得するなど、スタープレイヤーの仲間入りを果たします。
『雑草魂』という言葉がとても似合う現役時代でしたね!
しかし、当時の栗山英樹監督を苦しめていたものがあります。
それは『メニエール病』という目の病気で、このメニエール病は三半規管の不調によりめまいが生じるものですが、試合中に突然発作が起こることが頻発したようです。
この症状に侵されたら、とてもじゃないけど野球どころではありませんし、ましてやプロ野球の世界で生き残ることも困難な道でしょう。
それでも、オフシーズンに治療を重ねてプレーを続けていた栗山英樹監督でしたが、さらに症状が強く出るようになった1990年にレギュラーの座を追いやられてしまい、同年に29歳の若さで現役を引退することになりました。
スタープレイヤーとして順調にキャリアアップしながらも、目の病気に苦しめられたというのが栗山英樹監督の現役時代だと知ることができましたね。
ということで、現役時代の栗山英樹監督は、目の病気により長く第一線での活躍はできませんでしたが、怪我などで何度挫折しても諦めることなく「プロ野球選手になりたい」という夢を叶えた偉大な人物だということが理解できました。
泥臭く、雑草魂で努力することがいかに大変で大事か教えてくれましたね。
栗山英樹の自宅が豪華と話題!
栗山英樹監督といえば、北海道栗山町に自宅を構えていることで有名です。
同じ苗字の街に自宅を構えるというのもとても素敵だと思います。
栗山町は札幌から車で40分ほどの場所に位置する町で、人口1万人程ののどかな町です。
苗字と同じ『栗山』にあやかって、この栗山町に自宅を建てたそうですが、趣味の野球グッズコレクションの物置となってしまい、今では『栗の樹ファーム』として天然芝のグラウンドとログハウスとして無料で貸し出しています。
この『栗の樹ファーム』は2002年頃建設されたということなので、日本ハムの監督になる以前から北海道との深い付き合いがあったんですね。
設備投資は栗山英樹監督自身が私費で負担したそうですが、未来の野球界を担う野球少年のために開放したとか。
栗山英樹監督の懐の深さがみえる計らいですね!
こんな画像を見ていたら、私も広々としたグラウンドでキャッチボールがしたくなりますね。
ちなみに、栗山英樹監督の自宅は『栗の樹ファーム』の近くに建ててあるみたいで、そこに住んでいるとのこと。
きっと、自然豊かで豪華な自宅なのだと想像できますね。
『栗の樹ファーム』は、札幌ドームから車で1時間ぐらいの場所に位置し、栗山英樹監督も日帰りで札幌ドームまで通勤できるほどの距離だということです。
北海道にお越しの際は、是非見学にいかれてはいかがでしょうか。
ということで、栗山英樹監督の自宅はさすがに画像はありませんでしたが、近くに素晴らしい『栗の樹ファーム』が存在していることがわかりました。
時間とお金に少しでも余裕ができれば、私も足を運んでみたいと思います。
最後に
栗山英樹監督にしかできないコミュニケーションで選手たちや球団関係スタッフと信頼を築き、まさにチーム一丸となって日本一を目指している北海道日本ハムファイターズ。
選手の育成やチームの環境作りは、12球団でトップを争うほど素晴らしいチームだと思いますね。
2016年に日本ハムが日本一に輝いたように、これからも栗山采配でテッペンを掴み取ってほしいと思います。
大いに期待しましょう!
2021年12月2日に野球日本代表監督に就任し、2023年のWBCでは14年ぶりの三度目の優勝を果たしました。
【マルチアングル】14年ぶり!世界一の瞬間【決勝 日本 vs アメリカ】WBC2023 https://t.co/N5xiGUxPsl @YouTubeより
— プロ野球選手応援ブログ【プロ野球ソウル】 (@hawkssoulcom) March 25, 2023
その後の帰国会見では、今大会で監督を退任する意向を示しました。
侍ジャパン・栗山英樹監督は退任へ「あすから肩書がない人」/WBC
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表を3大会ぶりの優勝に導いた栗山英樹監督(61)は今大会で退任することになった。契約は今大会までだった。
提供元:サンケイスポーツ
今後も、栗山英樹さんの活躍と動向に注目し、情報が入り次第追記していきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。