藤川球児投手は1980年7月21日生まれの44歳(2024/10/13時点)で、高知県高知市出身。
高知市立高知商業高校から1998年にドラフト1位で阪神タイガースに入団し、2020年のシーズンを最後に、現役引退を発表。
現在はYouTuber(藤川球児の真向勝負)として活躍しながら、野球評論家・解説者など幅広く活躍。
藤川球児が結婚した嫁と子供の存在!
阪神タイガースの絶対的守護神で、投手陣の精神的支柱でもある藤川球児投手は、2000年に結婚していたことがわかりました。
結婚した嫁は、元看護師で一般女性とのこと。
藤川球児のストレートが現在(いま)も凄い理由に迫る!
藤川球児投手と言えば、やはり〝凄いストレートを投げる〟といった印象が強くありますし、元プロ野球選手でレジェンドの清原和博さんからは「僕が20年間見てきた中で、最高のストレートです」と絶賛されたこともあります。
〝火の玉ストレート〟と呼ばれるほど、藤川球児投手のストレートは注目されていますね。
藤川球児投手のストレートを、画面上で確認しても圧倒されるほどですから、実際に打席に立てば迫力で尻餅をついてしまう勢いでしょう。
藤川球児が復活した理由が気になる!
『松坂世代』の藤川球児投手も、現在(いま)ではベテラン投手の一人ですし、怪我や苦労を乗り越えて復活を遂げたレジェンド投手ですね。
日米通算で243セーブは、圧巻の実績と呼ぶにふさわしいでしょう!
現在(いま)でこそ、阪神タイガース中継ぎ投手陣の中心核としての信頼を勝ち取り、復活を遂げた藤川球児投手も、2013年から2016年頃までは中々に思うような活躍ができていませんでした。
シカゴ・カブスとテキサスレンジャーズで奮闘していた藤川球児投手ですが、怪我との戦いで思うような活躍ができず、3年間でわずか29登板に終わってしまいます。
右肘の手術を受けるなど、メジャーリーグ時代はリハビリ生活が多かったと思いますね。
2015年のシーズン途中で自由契約となった藤川球児投手を、報道では〝阪神タイガース復帰が決定的〟と報じらていましたが、藤川球児投手が選択した移籍先は、四国アイランドリーグplus(四国4県を活動地域とするプロ野球独立リーグ)の『高知ファイティングドッグス』への入団でした。
阪神タイガースからのオファーを断ってからの、地元・高知県の独立リーグのチームへ入団したわけですから、地元ファンは大いに喜んだことでしょう!
最後に
タイガースの守護神・藤川球児投手は、野球選手としての実力だけでなく〝一人の人間として凄く魅力があり、愛されるべき人柄〟だなと改めて感じました。
古巣・阪神タイガースへ復帰入団を果たした時の会見内容は、藤川球児投手の復帰を、沢山のファンが待ち望んでいたことが伝わりましたね。
涙の藤川球児 阪神復帰に「いつ倒れてもいい覚悟」
阪神への復帰が決まっていた藤川球児投手(35=四国IL・高知)が24日、大阪市内のホテルで入団会見に臨み、古巣への思いに涙を見せた。再入団を決断した一因として虎ファンの存在を挙げ、言葉を詰まらせた。12年以来、4年ぶりのタテジマに戻り、背番号18をつける。2年契約の総額4億円(推定)で正式に締結。金本知憲監督(47)とともに日本一を目指し、夢はでっかくパレードだ。
胸からこみあげてくる感情を抑えることはできなかった。古巣復帰を決断した理由を問われ「球場で声を掛けてくれるファンの方、そのほとんどが阪神ファンで、また日本中で…」と言いよどむと、もう言葉にならない。司会者が「ファンの後押しが…」とつないでも約1分間の絶句。「ちょっと待ってください…」。おしぼりで目頭を押さえて「人の心です」と短く話すのが、精いっぱいだった。
引用元:日刊スポーツ
そんな藤川球児投手は〝(阪神タイガースが)優勝したら引退〟というコメントしていたそうで、引き際は自分で決めるでしょうから、その時(引退)がくるまで、藤川球児投手の活躍を目に焼き付けたいですね!
そして、2020年11月10日のマウンドを最後に、藤川球児投手は22年間の現役生活にピリオドを打ちました。
表には絶対出してなかったそうですが、本当はボロボロの身体の状態の中、最後までカッコいい勇姿を魅せてくれてありがとうございました。
引退登板では、藤川球児投手の代名詞・火の玉ストレートオンリーでファンを最後の最後まで魅了してくれました。
最速149km/hを出していたので、まだ現役で投げれるのではないかと思わせてくれる球速とキレでしたね!
藤川球児さんの軽快なトークと説得力ある分析は必見で、とても面白いですね!
今後も、藤川球児さんの活躍と動向に注目し、情報が入り次第追記していきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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